第9話 進捗報告②

 村まで戻ってくると、暑さも湿気も随分とマシになる。

 道行く者達がこちらへ向けて手を振って来た。私にではなく、お嬢様にだ。

 元貴族という話はすっかり広まっており、村の者共は彼女を一段上へ置きながらも、好意的に接している。


「はははっ。おかえり、エラちゃん」

「はい。おじい様も元気そうで。最近は……ええと、こちらへ戻ってくることも稀でしたから」


 行きは不在だった為、これ幸いと挨拶せずに通過したのだが、帰りの道でご老体に捕まった。

 初日にエラお嬢様を気に入って以来、理由を付けて会いに来るのだ、この男は。


 しかし、エラちゃん呼びとは随分と馴れ馴れしい。

 お嬢様が認めている以上、現状では口出しすまいが。


「どうだったかい。あっちの様子は」

「えぇ。聞いていた通り、カーリはとても良く働いてくれていましたよ」

「……うぅむ、そうかい?」


 はい、と応じて道を行く。

 頭に籠を乗せた女達がすれ違い様に手を振ってきて、お嬢様が嬉しそうに応じていた。


 手を振る挨拶はこちらが持ち込んだものだ。

 港で船を見送る時、迎える時、声よりも何よりも、大きく分かり易い所作の方が伝わり易い。

 今ではすっかり馴染んでいて、私も時折村の子どもらから手を振られる。

 一応は気安い挨拶であることは伝えているのだが。


「妙な嘘を吹き込んではいないでしょうね」

「はんっ、事実を伝えておるだけだ」


 このご老体が、年甲斐も無くお嬢様に熱をあげて、あろうことか時折村を飛び出していることは知っている。


「儂は近くの村や、都市の連中共との会合も行っておる。まあ、あっちには息子もおるからな、様子を見に行ってやっておるのよ」


 残されたご婦人らは、喧しく酒を飲んでばかりの男共が減って仕事がやりやすいのよ、なんて言われているから文句はないが。


「ねえ、カーリ。さっきの方々が持っていたのって」

「えぇ。向こうでも話しましたが――――」

「あれはのお! 小僧の持ち込んだ異国のその、なんとかいう食物を村でも栽培を始めたんじゃよ! 小僧は苦労しておるようじゃが、この土地を良く知る儂らはホレ、もう収穫を始めておる!」


 孫に構いたがる祖父そのままな振舞いに、お嬢様は楽し気な笑みを浮かべつつ、すれ違っていった女達を見やる。


 保存食にするもの、今日食べるもの、ああでもないこうでもないと作り方を相談し合い、随分と楽しげだ。

 収穫期というのはいつだってこうなのだろう。


「ご老体、村の代表である貴方がこんなところを歩いていて良いのですか。倉の管理があるでしょう」


 収穫が終わって、一騒ぎした後は徴税が待っている。

 冬季に作り溜めた絨毯、指定されている麦、他にも何かと理由を付けて持っていこうとする、村一番の嫌われ者な徴税官がやってくる時期だ。

 代表者はいつだってアレの相手に頭を悩ませている筈。


「あぁ、そっちは息子に任せておる」

「あら、あの方も戻ってらしてるのですか?」

「あー、まあ、そうだな。おい小僧、ちょっと後でな、息子に会ってやってくれ」


「それは構いませんが、何用ですか?」


 ご老体の息子さん。

 村を捨てて、都市で働いているという話だったな。

 いつの間にやらお嬢様と面識がある様子なのは少々気に掛かるが。


「なぁに。都市の馬鹿共が考えることなんぞいつも同じよ。金稼ぎ。お前さん相手に何か、儲けを得たいと考えておるそうじゃ」


    ※   ※   ※


 「ああっ、エラさん! こんなむさ苦しい場所でお会いできるとは!!」


 あぁが息子か。

 お嬢様を見て跳び上がらんばかりの興奮を見せた男に、私はすぐ理解を得た。


「おいっ、すぐ酒を! いや果実水か、それと何か摘めるものを持ってこい! はははっ、全く用意が足りておらず申し訳もありません」


 ご老体の屋敷を我が物顔で占拠し、何やら物品の整理をしていた男がこちらへ駆け寄ってくる。

 私をちらりと横目で見つつ、意識は完全にエラお嬢様へ。

 そうして迎えの挨拶をしようとしたお嬢様の手を取り、


「っ…………こちらでは初めまして、グィンさん」


 そうになった所を軽く身を引いて避けられている。

 反対側で見ていたメェヌが鼻で哂っていた。

 なんだかよく分からないが、お嬢様の手に触れられなくて良かった。うん。気軽に触れて良い方ではないからな。


「おっと、これは手厳しい」

「商取引が成立した後の握手でしたら構いませんよ」


 にっこり笑って応じるお嬢様。

 三ヵ月前とお変わりなく、なんて思っていたが、どことなく逞しくなられた気もする。


「はははっ、貴女の手を取りたくてついつい値を下げてしまった商人が数多く居る程ですからねぇ。ですが私も安易には動きませんとも。己の価値を容易く下げる者に、成功などない。私はそう考えています」

「素晴らしいお考えだと思います」

「そうですか? そうですとも」


 快活そうに笑って、ようやく意識がこちらへ向いた。

 どことなく、ご老体にも似た敵意を感じなくもないのだが。


「貴方がカーリ様ですね。と伺っています」


「その通りです、グィン=サークレット。本来であれば目通りも叶わないほど高貴なお方であるお嬢様との適切な距離について、まずは幼児の頃から学び直すことをお勧めしますよ。僭越ながら私がお力添えを致しましょう」


「ははははは、成程貴方とはとても仲良くなれそうだ。とはいえ私は貴方とは関係性が異なるのです。その辺りについて、心得違いなさいませんよう」


「えぇ存じておりますとも。この身は幼少の頃より、全てエラお嬢様に捧げるつもりで邁進してきたものなれば、昨日今日出会ったばかりの馬の骨とは重ねた想いが違うのですよ」


「――――六年間も放置しておいて今更何言ってるんでしょうね、あの男」


 そこっ! 余計な事を言うんじゃありません、メェヌ!!


「はっははははははは! 聞き及んでいますとも。異国で勉強なされて来たのだとか。優れた学問、異なる文化、数多の経験、素晴らしいですね。どうして戻って来たんですか。邪魔だからいっそ一人でもう一度海渡っとけよ」


「容易く化けの皮が剥がれましたね。取り繕った所で被った品位などその程度のものでしょう。私は既に修める所は修めてきましたので今更ですよ。それで貴方は? あぁはいはい商会の下っ端でしたっけ、未だ自分で身を立てることも出来ず、親の脛にしがみ付いて迷惑を掛け続けているんでしょうねえ」


「~~っ!! 都会育ちが粋がって! 軟弱者はこの土地では生きていけない! 畑仕事も満足にできない様なひょろくさい男はエラさんに相応しくない!」


「ははは、どうしたんですかいきなり自己紹介など始めて。村を捨てて都会へ逃げ込んだ馬鹿息子と、いつもご老体からも聞かされていますよ。全く、自己評価が正確でない者はこれだから」


 言い負かされたグィンが心底悔しそうに歯ぎしりしている。

 気安くお嬢様へ触れようとした男には似合いの恰好だ。そうやって生涯高嶺を仰ぐ程度なら許してやろう。

 ところがボンクラ息子は身の程を弁えるということを知らなかったらしい。


「エラさん! こんな男より私の方が優秀ですよ! 頼りになるでしょう!? この前だってとんでもない額で取引して差し上げたじゃないですか!!」


 事もあろうにお嬢様へ詰め寄ろうとするので、私とメェヌに押し留められる。

 なんと厚かましい奴だ。

 などと憤慨していたら、


「ええと……」


 後ろから腕を抱かれた。

 私達忠実なる臣下を両腕に抱え、お嬢様がとても良い笑顔で言い切る。


「私はカーリの方がいいです」


 勝利!

 思わず私は自由な右腕を振り上げていた。


 地に伏した男よ、これが男子の本懐である。キサマは這いつくばって高嶺を仰ぐのがお似合いだ。


    ※   ※   ※


 「「かーっ、っぺ!!」」


 やっぱり親子だな。

 剥き出しの土床とはいえ、平気で唾を吐き捨てる二人を見ながら、私は勝者の余裕を以って果実水を頂いた。


 お嬢様達は奥だ。村のご婦人方と話したいことがあるらしい。

 結果むさ苦しい状態となったのだが、近くに居ると敗者の呻きが止まらないので仕方ない。


「それで、商売の話と伺っていますが」


 話が進まないのでこちらから振ってやると、ようやく冷静になったらしいサークレット親子が対面に座った。


「村で栽培を始めた作物についてですよ。もうじき徴税が始まります。貴族も同行して、賄賂を得ようとあれこれ面倒を吹っかけてくる季節です」


「えぇ、特に都市での務めを持たない、僅かな俸給だけを受け取って生活している貴族にとっては貴重な収入源でしょうからね」


 一般人は貴族を一纏めにしてしまうが、それぞれ出来る事には明確な限りがある。

 貴族だからと賄賂を積み上げても、権限も無い者は貰うだけ貰って何もしない。渡さなければと脅された所で、さしたることも出来ない者には最低限で十分。

 この辺りの村は中々にしたたかで、都市での情報を集めて対処している。


「貴方に聞くのは非常に業腹なのですが」

「では、私もエラお嬢様と一緒に奥へ行ってきましょう」

「ですが!」


 止めろ腕を掴むんじゃない。


「ですがっ、まあそれなりに、あのエラの信頼を受ける者と見込んで話をしているのです」

「その前に気安い呼び方を改めろ。様だ、様」

「おやおや、この呼び方は彼女自身から許可を得たものですよ。えぇ、ですので一介の家臣から訂正される覚えは……っと、この話を続けるのも時間の無駄ですね。建設的な話をしましょう」

「ちっ」


 そこで打ち切ると苦渋を舐めるのがこちらだと分かってやっているな。

 まあいい、既に勝敗は決している。

 負け犬の足掻ぎを眺めるのも一興じゃないか。


 改めて着座し、脚を組んだ。


「まず我々村の者は、畑の面積に対して税が課せられていることはご存じですね」

「えぇ。加えて領主から羊を貸与され、絨毯の作成を求められているのだとか」

「絨毯……いえ、それについてはいいです。つまり今回、貴方の持ち込んだ食物を栽培するべく、畑の面積が増えました。徴税官は確実にそれを指摘し、税を増やしてくるでしょう」

「あぁ、ご老体にした、異国での話ですね」


 なるほど。

 アレを実際にここでもやると。

 然程詳しく話してはいなかったから、それについて聞きたいということでしょうね。


「いいでしょう。その件については利害も一致していますからね。しかし、安くはありませんよ。危険もある」


「無論です。領主を相手に吹っ掛ける訳ですからね。ですが、父をはじめ、村の者の合意は得ています。それに加えて、商会主も非常に興味があると言っていました」


「なら躊躇する理由はありませんね」


 この土地の人間は本当に強かだ。

 おそらく、私が意図的に話をぼかして餌を撒いていたことにも、気付いているだろう。


 つまり、商売相手としては信用できないが、信用できる相手、ということだ。


「…………なんですか、戻ってきたら揃って悪そうな顔して」


 メェヌが笑い合う私達を見て嫌そうにしていたが、これも全てはお嬢様の為。

 喜んで道化になりますとも。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る