第8話 進捗報告①

 三ヵ月が過ぎた。

 季節が巡り、また少し暑さを増してきた最果ての地から、今日も景気良く溶岩が吹き出している。

 振り下ろされるツルハシの音が連なって、遠く彼方を目指し掘り進める奴隷達の姿。

 始めた当初は噴火する火山に腰を抜かしていた者も、すっかり慣れて仕事に従事してくれている。

 それを私達は断崖の上から眺めていた。


「随分と変わったのね、驚いたわ」


 溶岩地帯との境目になる断崖、かつて前任者が作らせたと思しき小屋のある第二の拠点は、この三か月でかなり開拓が進んだ場所だ。


 告げられた感想に手応えを感じながら、二人へ向き直る。

 膝下までの長靴は前と同じく、けれどまた幾分薄着になったエラお嬢様と、少しばかり神経質そうなメェヌが視察にやって来ているのだ。


 ここしばらくは都市での生活を続けていたからか、こちらの蒸し暑さに少々参っている様子。


「こちらへ、日陰を用意させています」


 汲んで来たばかりの水を二人へ出すと、お嬢様はゆっくりと、メェヌは一気に飲んだ。

 椅子は木箱、机は樽、まだまだ野暮ったさは拭えないが、随分と良くなってきた。


「ありがとう。報告は受けてたけど、こうして見ると驚くわね。村からこちらへ続く道も、想像以上に変わってたから」


「今はまだ、全体の二割程度ですね。森の中は拓いて行くのにどうしても時間が掛かってしまいます」


「えぇ。木々を切り倒して、株を取り除いて、土を使って道を平らにしていく。皆頑張ってくれてたけど、本当に大変そう」


 村から森を抜ける道は、この第二拠点からも同時に伸ばしている。

 一番最初に火山を眺めた、あの台地が目印だ。双方からあそこに繋げてやれば、時間は大いに短縮出来る。


「でも、こちらはもっと驚いたわ」


 張り渡した布地の屋根下から、エラお嬢様が断崖を覗き込む。

 かつて二人で来た時は、杭が一本打ち立てられていただけで、縄を伝って行き来する状態だった。


 それが今や、崖を少しずつ削り削って、ある程度なら歩いて通れる道になってきているのだ。


「最終的には、馬車三台が並んで通れる広さが理想です。もっと斜面も緩やかにしないと、現状ではまだまだ不十分でしょう」


 見ている傍から、登って来た奴隷の列が籠を背に森へ向かう。

 馬を走らせ監視する傭兵らの前で、彼らは中身を道の上へぶちまけ始めた。


「あれは……? 来る時も少しだけあったのは見たけど、下の黒い石よね?」

「はい。最近始めたことなので、まだ試し試しですが」


 道を作る為に森を拓く、それは良かったのだが、ここの植物は妙に育つのが早い。

 放置すればあっという間に伸びてしまう為、随時刈り取らせるのにも無駄が多いのだ。


「掘って崩したり、埋め立てた土はどうしても柔らかく、根付き易いんです。なので、折角大量にあるものなのでと溶岩石を撒いて舗装しています」


 こんな地に石畳を作れるような職人は居ない。

 加えて地震が頻発することから、あまり形が整ったものは向かないとずっと悩んでいた。


「元は奴隷達が自分達の寝床を整えていた方法です。下はどこも横になるのには向かない場所ですからね」

「…………初めて来た時みたいな、板を床敷きにするのは難しいのね」

「作れる者が居れば、追々作っていければとも思いますが、そうですね」


 木材ならば大量にあるので、やれなくはない。

 だが板の作成も石畳同様に職人が必要だ。

 現状では贅沢品。布一枚の屋根を通して寝床としている。


「板は出来ませんが、崖を崩した土は全て下の岩石地帯へ撒いています。可能であれば、この先も埋め立てて土壌を用意していくつもりです」


「それって、下でも畑を作るってこと?」


「溶岩石は水はけが良く、土壌の床としては悪くないと思っています。下で水源は確保できていませんが、時折雨も降りますし、崖際に流出した土がちゃんと植物を育てているのも確認しました」


 私達がまず目指すべきは、自給自足だ。

 森の伐採権など領主に支払っている分はあるが、まず食料を自給出来るようになると一気に懐事情が変わる。


 その辺りは、この三ヵ月で買い付けを担当して下さっていたエラお嬢様も、よく理解していることだろう。


「そういえば、キャンプでも畑を作っていたわよね? あれって、カーリが乗って来た船にあった、異国の食べ物なのよね?」


 まだ屋敷に居た頃、木箱に詰め込まれてやってきた食料を覚えていたらしい。

 既に食用には適さなくなったものなどを安く買い叩き、どうにか道中で駄目にならないよう、土を被せてここまで持ち込んだ。


「えぇ、向こうでは散々食べさせられました。私も最初は抵抗があったのですが、いざ食してみると中々にこう、美味なものでしたので」


 あちらでは馬鈴薯(じゃがいも)と呼ばれていた。

 地中に成るものだから獣に荒らされ難く、枯れた土地でもよく育つ。

 他にも様々な種類を持ち込んでいて、キャンプで育てて得た種を増やしていく予定だ。


「植物の根を食べるなんて、異国は凄い発想をするのね」

「おかげでこの土地でもなんとか食べていけそうです」

「実ったの?」

「まだキャンプの方で根付かせた段階です」


 他にも森の中に自生していたベリーや果物の木を移植できないかと試している。

 おそらく、あの雨に適応している現地の植物が最も根付いてくれる筈だ。


「森を切り拓いて、溶岩石で舗装して、崖を掘り崩して、その土を溶岩石の上へ撒いて畑を作っていく。凄いわね、三ヶ月でここまで変わるなんて思ってもみなかったわ」


「全ては、後方から送って頂いた食料物資があったからこそです。驚いたのですが、直近の納品物などは定価よりずっと安く購入されていましたよね?」


「あー、ははははは。それは、その……メェヌと一緒に頑張ったの。力に成れたかしら?」


「えぇ勿論。ただ、水源は確保できていますから、酒類はあまり必要ありません。傭兵達は喜んでいますが、余り気味ですね」


 言うと、明らかにお嬢様の顔が曇った。

 はっとして取り繕うが、既に出てしまったものは誤魔化されない。


 なにか、あっただろうか。


 考えていると、未だに火山しゃっくりの止まらないメェヌが恨みがましそうに言ってきた。


「エラ様は、奴隷達にもと送ったんですよ」

「あの……カーリ」


「はい」


 言われることを概ね察しながらも、応えられない事実を胸に、促した。


「あの人達、開放してあげることは出来ないのかしら」


 少し離れた所で護衛に立っていた傭兵団の団長、ベルヴァが静かにこちらを眺めていた。


    ※   ※   ※


 奴隷とは古来から続く人材雇用の手段として認められてきた商売だ。

 肯定的に見る者、否定的に見る者、いろいろある。

 ただ、議論したがる者が見落としがちな、奴隷の種類というものが、現実には横たわっている。


「犯罪奴隷、というものを、調べてみたの」

「はい」


 あまり気持ちが良い内容ではない為、あの時は説明しなかった。

 それ以降も、敢えて話題には挙げず、逸らしてきた自覚はある。

 奴隷は奴隷、それだけでも十分な理解だ。


「あの方々はなにか罪を犯して、奴隷の身分に落とされたのよね?」

「はい。判決内容など、簡易的なものではありますが、書類も同封されていました。殺人、強姦、人攫い、不道徳な姦通、種類は様々ですが、本来エラお嬢様のお目に入れるのも憚られるような者が大勢居ます」


 機先を制するつもりで捲し立てたが、承知の上だったらしい。


「罪があるのなら、償うべきだと思うの。だけど償ったなら、許される道があっても良いんじゃないかしら……?」


 それがお嬢様の方針であれば、と切り替えられたのであればどれだけ楽か。

 けれどそうはいかない。


「結論だけを言うのであれば、私を通さずとも、既にエラお嬢様の持つ権限で全員を解放することは可能です」

「だったら」

「ですが、どうかそれだけはお止め下さい」


 石を撒き、戻っていく奴隷達の足には鉄の鎖が結び付けられている。

 五名一組で、働くにも用を足すにも一緒に行動しなければいけない。寝る時には打ち込んだ杭に鎖を絡め、並んだまま眠らせている。

 奴隷を管理する傭兵には前夜からの酒を禁じているほどだ。


 すべて脱走と反乱を防ぐ為。


「まず、彼らの人品については脇へ置きましょう。問題は、犯罪奴隷を開放した場合に掛かる、お嬢様の責任です」


 ただの奴隷であれば、脱走されて困るのは持ち主だ。

 財産を失った、損をしたと笑われる程度で済む。


「私達は王の勅命を受けてこの開拓を行っています。それに伴って、曖昧になっていた領地権限を仮という形ではありますが与えられました」

「……誰かさんが王様煽ってもぎ取った奴ですね」

「それについてはやり過ぎたと反省する所だがメェヌ」


 森側の領有権はそちらの領主が持っている。

 だが、溶岩地帯は誰のものとも定められていなかった。

 欲しがる者が居なかったから、今まで放置されて来たのだろう。

 所属は我が国であるという主張こそあれ、入植者などはおらず、村が興ったという記録も無い。


 なので、勅命を果たせなければ全て返却することを条件に、開拓中は仮の領主権限を王に認めさせた。

 当然果たしたならばここはファトゥム家の土地となる。

 すなわち、当主たるエラお嬢様の所領。またその際には土地に絡んで爵位も与えられることとなる訳だ。


 無論、やれるものならやってみろという脅しも含んだ合意であろうが。


「仮とはいえ、領主権限を持つお嬢様なら彼らを解放することが出来ます。ただし、開放された犯罪奴隷が領地外で罪を犯した場合、開放した領主が責任を問われてしまうのです」


 別段罪に問われるのではない。

 領地にあるモノは、人であろうと木々であろうと全て領主の財産。

 それを別の領主が傷付けたのであれば、金銭などで保証するのが道理という、それだけの話だ。

 けれど私達には収入が無く、王を挑発してもぎ取った仮初の領主に過ぎない。

 代価に何を要求されるか分かったものではない。


「それは……」

「通常、犯罪奴隷は解放後も領地を出る事が出来ません。あくまで領主個人が、その責任の範囲内において開放することが認められているだけです。元が身分を剥奪されるほどの罪を犯した者ですから」


 通常ならそれで十分だ。

 奴隷からの開放は奇跡に等しい。

 領地内という縛りはあれど、人生をやり直すことも出来るだろう。

 それが出来ない様な者であれば、そもそも開放など考えられない。


「ご覧下さい。


 真っ黒な大地、噴火の収まらない火山、僅かに土が盛られただけの、村落にすら届いていない廃墟同然の拠点。

 水は隣の領地から汲んでくるしかなく、土や食物も同様だ。

 未だ一人分の食料すら生産できない死の荒野。

 そんな所に解放された奴隷が留まる筈もない。


「せめて……せめて、人が生活できるだけの環境が出来上がって、それを持続できるようになって、初めて考えるべきことです」


 何年掛かるかも分からない。

 生涯掛けても不可能かもしれない。

 三か月掛けてここまで変わった。

 けれど、ここまで変わって尚も、ここは死の荒野であるままだ。


「そう、ね。ごめんなさい」

「いえ。思う所があったなら、何でも仰って下さい。それを叶えられないのは、私の不足に他なりません」


 分かっているんだ。

 エラお嬢様がこんなことを言い出した理由を、私も、きっとメェヌも知っている。


 ファトゥム家はずっとお嬢様を屋敷へ押し込んで、自由を奪ってきた。

 


 野花一つに興味を示し、疲れも忘れて今を存分に楽しんでいるお嬢様だからこそ、束縛される彼らを憐れまずには居られない。


「ううん。私が物を知らな過ぎるだけ。カーリも、メェヌも、本当にいつも私を助けてくれてるわ。二人には感謝しかない。だったら、私もちゃんとやらないと」


 この不足をどう埋めていけば良いのか。

 犯罪奴隷は事実、危険なのだ。


 奴隷にも種類がある。

 その中でも、犯罪奴隷は最も使い潰しの効く、便利な奴隷とも言われている。

 簡易な裁判一つ、書類への印一つで入手出来、元手はほぼ掛からない。


 元より奴隷として過酷な労働を強いられることが償いとされている者達、反抗の芽を潰す上でも苛烈な扱いが推奨されるほど。

 本来なら解放など考慮すらされないのが彼らだ。

 本来ならば、何の問題も無く使い潰せる労働力が彼らだ。


 領主が領主たる収入と、武力を保持出来ていたのなら。

 この領地では奴隷商に流して金を得る事すら出来ない。


 何か、せめてお嬢様の心を慰める方策でもないものかと考えていた時に、坂道近くで悲鳴が上がった。


    ※   ※   ※


 駆け付けた現場を見て、事態は凡そ呑み込めた。

 崖を掘り崩し、坂を作っていた一人が足を取られて滑落したんだ。


「大丈夫か、足は?」


 大柄な男の足首に触れると、少し痛がる素振りを見せた。

 骨に異常はないか? 滑った際に足首を捻って痛めた程度だろうか。異国では人手不足の際に、医者の真似事もやらされたものだが、こういうものの見極めは流石に難しい。


「いやあ、大丈夫ですぜ。働けますよ」

「無理をするな。少し様子を見よう。立てるか?」

「へいっ。あ痛たたたっ」


 腰を浮かせた段階でこうなのだから、しばらくは安静だな。


「今日は休みだ。明日についても状態次第。まずは足首を固定させ、心臓より高い位置にあげておくんだ。いいな」

「はい……すみません、すみません」

「良い。しっかり治せ」


 全く、作業の際には崖上から命綱を付けていろと言ってあるのに、無理して広い範囲を掘り返そうとしていたからだ。

 現状の改善が必要だな。

 そう思いつつ他の者に彼を預けて、振り返った所にエラお嬢様とメェヌが居た。


「…………なんですかそのお顔は」


「えー? なんだか聞かされた話と随分印象が変わったなぁって」

「格好付けて厳しい事言ってた割に、甘々ですね。まあ分かってましたけど」


 二人揃ってにやにやにやにやと……違います、そういう意味ではありません。


「ご理解いただけていないようですが、そもそもこれら奴隷達はお嬢様の財産です。臣下である私の一存で損なう真似は出来ません。少しでも長く、有効に利用出来るよう努めるのは当然ではありませんか」


「その割には向こうの滑り坂で遊んでる方々も居るみたいだけど?」


「士気高揚の為、労働意欲を促進できると踏んでの差配です。適度な遊戯と休息は作業効率を向上させます」

「へぇぇえ」


 分かってないでしょうお嬢様!?


「いやいや、そんなもんじゃありませんよご両人」


 くそう次はなんだと思っていたら、しっかり護衛の位置に立ちつつも気を緩めた様子のベルヴァが肩を竦めていた。


「十日に一度の休日、日に二度の食事と休憩、寝床が簡素なのもここが温暖な場所だからで、今みたいな怪我人病人が居ると適宜休ませてやる。まあ都市で気ままに生きてる連中からするとキツい面もありますが、こんなの奴隷に対する扱いじゃねえですよ。勿論、反抗すれば俺達は武器を抜きますがね、気紛れに鞭の一つも入れたならご主人様の財産を傷付けるなと叱責を受けるくらいでさ」


「「へぇぇぇぇぇぇぇ」」


「なんなんですかその顔は!?」


「俺ぁ王都の方でも犯罪奴隷ってもんの姿を見ましたが、食事なんて二日か三日に一度きり、休みなんてないのが当然、壊れたならそのまま放置、他の奴隷からも好き放題に扱われて、笑い物にされ続けるのが当たり前ってなもんですからね。それに比べりゃここが約束の地だって言われても納得しそうですよ」


「「へぇぇぇぇぇぇぇっ!」」


「だからなんなんですかその顔は!?」


 第一ベルヴァっ、余計な口出しはするなと言っておいただろう!


「いやいや、これはじゃねえですよ。ご主人と大将との間に出来ているすれ違いを無くす為の、現場の涙ぐましい努力でさ。酒云々ってのも、大将は飲まねえ人ですからね。必要もなく、求められてもいないのなら与えない、ってだけでしょう。奴隷達もよもや欲しいとは言えないから黙ってるだけですよ」


 そうなのか……?

 欲しがる者がいるのは分かるが、正直酒なんて美味しくないだろう。

 行軍中なんかは水を浄化出来るからと、泥水や腐敗気味の水に混ぜて飲んでいた。半端に酒精の混じった汚水なんて、思い出しただけで食欲が無くなるものだ。

 ここには綺麗な湧き水があるんだから、それで十分過ぎるだろう。


「まあそんな訳で、最初の頃はともかく、ここしばらく反抗的な奴らがめっきり居なくなったってんで、俺らぁ退屈気味ですよ。連中も結構楽しそうに働いてますからねぇ」


 いい加減下がれ、そういう意味を込めて睨み付けると、口煩い傭兵団長は肩を竦めて離れていった。

 残されたのは我が主と、妹分で。


「ええと、ですね」


 にやにやにやにや、緩んだ笑顔を見せる二人に私は表情を引き締めた。


「ファトゥム家の財産を不必要に消耗していたことは謝罪致します。こうなっては食事の回数を減らし、私自ら先陣に立ち、より長時間の労働を強いることでこれまでの不足を補うべく――――」


「無理しなくていいのよ。今のままで。それと、もっとやりたいことがあったら、ちゃんと教えてね」


「……主がそう仰るのでしたら、従います」


「はいはい」


 なんだか納得のいかない展開にはなったが、断崖付近における第二拠点作成の視察は無事終了した。





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