第7話 二人の夜と、王への手紙
長雨が世界を黒く染めていく。
火山灰を含んだ雨だ。
今日限りのものでないのなら、森は定期的にこれを受けてきたことになる。毒素の有無は分からない。影響が出ないほど微小であるのか、適応した植物のみが生存しているのか。
問題は人体にどの程度の影響が出るかどうかだ。
崩れた屋根の隙間から振り込む黒い雨を横目に、搔き集めた瓦礫や炭化した木を焚き火の中へ投じていく。
聞こえるのは雨音と、時折爆ぜる薪の音。
そして、猛り狂ったような火山の咆哮。
もう何十年も噴火を繰り返しているという三つの山は、伝承に語られる最後の試練そのものだ。
燃ゆる大地と永遠の暗闇。
その果てに約束の地があると語られるが、果たして辿り着けるのかも分からない。
ましてや、道を通して人が行き来できるようになる、なんて。
「…………カーリ」
すぐ横合いから声が来た。
「眠れませんか、エラお嬢様」
「…………うん」
寝床を用意し、横になって貰ってからもう随分と経つが、どうにも寝付けないでいるらしい。
とはいえ明日になれば、それなりに大変な道を戻ることになる。
ちゃんと身体を休めておいて貰わねば、怪我をさせてしまうことだって。
「耳を塞げばどうにかなるでしょうか」
「あの音は、あんまり気にしてないんだけど」
そうなのか。
遠巻きとはいえ、芯に響くような猛々しさだから、それが原因なのかと。
「ごめんなさい。なんだか興奮しっぱなしで」
「はは。港の景色とはまた随分と違いますからね」
最寄りの村から僅か一日の距離、ということを除けば、もう別の世界へ迷い込んだような場所だ。
実際私も結構興奮している。
あまり自覚も無かったが、何度も滑り坂で遊び始めるくらいには、浮ついているのだろう。
「大冒険、だね」
「えぇ。おそらく一生を同じ村や都市で過ごす者なら、決して味わうことの無い興奮です」
「この先にも行けるかな?」
「きっと」
薄手の毛布の中で身を回したお嬢様が、仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて、腕を枕にこちらの顔を覗き込んでくる。
「カーリ」
「はい」
「カーリ」
「ええと……はい」
「ふふっ」
耳元を
それは火山からの雷鳴に掻き消されてしまった筈なのに、やけにはっきりと耳に届いて。
『添い寝はしないの?』
笑顔でこちらを見上げるお嬢様の頬は、焚き火の熱でか紅潮している。
屋敷で過ごした最後の夜、間にメェヌを挟んで三人で寝た。
色々あったが、ああいうのは出発して以来一度も無かったから、いきなり言われると戸惑ってしまう。
私は聞こえませんでしたという顔をして焚き火の火を調整した。
思っていたより空気が冷えたからと、薪を焚べ過ぎていたかもしれない。
「ふふっ、ふふふ」
なのにお嬢様には見抜かれたみたいで、顔を伏せてしばらく肩を震わせていた。
「おほん……そういうことは、無暗に男へ言ってはいけません」
「あら。カーリ以外にこんなことは言わないわ」
「私にも言ってはいけません。何をされるか分かりませんよ」
「へぇ、カーリが私に何をするのかしら」
「それは……、っ」
見れば、完全にこちらを弄ぶ顔をしたお嬢様が、身体に掛けた薄手の毛布を開き、おいでおいでと誘っていた。
慌てて顔を伏せる。
猛烈に顔が熱くなっていくのを感じた。
だって、その、お嬢様が、
「あはははははっ」
楽しそうに笑っているけれど、その毛布を被る前に自分が何をしたかを完全に忘れている。
「エラお嬢様っ、閉じ、閉じてください」
「えー、別にあったかいから平気…………だけど」
がばりと閉じられ、ようやく肌色が見えなくなった。
急激に顔を染めていく様を直視することは出来ず、けれど視界の端で伺ってしまう。
横たわるお嬢様の背後で、吊り下げた彼女の衣服が揺れていることについて、ようやく思い出してくれたのだろう。
森の中は暑かった。
それを半日掛けて歩いてきたのだ。
加えて最後には雨の降る中を駆け回った。
汗を掻けば濡れるのは当然のこと。そのままでは体調を崩してしまうと、干していたのだ。
代えの服を用意しなかったのは私の落ち度だが、この手の事は毎度メェヌがやってくれていたので油断していた。
まあつまり言うと、完全に下着姿のお嬢さまが私には見えていたということだ。
「あ、はははは…………あー、ごめんなさい」
どうにも、お互い冷静ではないらしい。
旅先の興奮故か。
それとも、なんだかんだと再会して以来、初めて完全な二人きりになっているからか。
楽しいといえば、間違いなく楽しんでいる自分が居るのは確かだった。
「……これに懲りたら、迂闊な挑発などなさらないように」
「はぁーい」
「本当に、お願いします」
「はい」
くそう、お嬢様は笑っているけど、見えた肢体が頭の中から離れない。
消えろ。消えろ。そう唱えるほどに思い出す。
「ちょっとはしゃぎ過ぎたわね。ごめんなさい。大人しく寝まーす」
頭を抱える私を見て、ようやくお嬢様は寝に入ってくれた。
寝息が聞こえるようになるまでかなりの時間は掛かったが、息の詰まる様な沈黙の後、私は、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………っ!!」
大きく大きくため息をついて、まだしばらく頭を抱えていた。
※ ※ ※
お嬢様が熱を出した。
今朝起き出してから、妙に顔が赤く、足元が覚束なかったから、少し様子をみていたのだが。
「ごめんなさい……こんな所で体調を崩すなんて」
「いえ、私の不注意でした」
元より部屋に引きこもっていて、体力など付いている筈もない。
それが一ヵ月もの旅をして、さしたる休息も入れずに動き出してしまったのだ。ここまで倒れなかったのが不思議なほど。
最初は私もメェヌも警戒していた。
なのにエラお嬢様はいつも元気一杯で、楽しそうで、体調が悪くなる暇がないほど旅を満喫されていたから。
昨夜の興奮ぶりも、これまでを考えれば特に凄かった気がする。
ずっと閉じ込められていた場所から出た感動、日々降りかかってくる刺激の山と、周囲には虐げることのない者達。そういったものへの感情が溢れ過ぎて、身体に無理が掛かっていることに気付けなかったのだろう。
それが今朝、一気に溢れた。
「持ち込んだ食料や水にはまだ余裕があります。一日二日ここで過ごしたとして、問題はありませんよ」
実はちょっと拙いけれど、ここは言い張る事にする。
森の中は暑かったから、私の水の消耗が激しい。確認してみたら、お嬢様は殆ど飲んでいなかった。節約した訳ではないだろう。そういった点でも、もっと注意して観察しておくべきだった。
とにかくここから水の消費は最低限に。
私は最悪、昨日出しておいた水瓶から飲めばいい。
雨に含まれていた灰が沈殿すれば、表面の水は綺麗なものだった。大丈夫かどうかは何とも言えないが、異国では水不足から泥を啜ったこともあるので一時的になら多分平気だろう。
あの時は皆揃って腹を下していたのに、私とアイツは平気な顔をしていたしな。
「ええと……あの、カーリ」
「はい」
病床で心細そうなお嬢様の声に、胸が締め付けられる。
「…………ううん。ごめんなさい」
「もう一度眠って下さい。眠るまで、ここにおりますから」
「うん……ありがとう」
ごめんなさい、を、ありがとう、に変えて。
小さな満足を手に握り締めて、まずは彼女へ寄り添うことにした。
そうして眠った彼女を置いて周辺を捜索し、戻って来た頃には、冗談みたいに元気を取り戻したエラお嬢様が居た。
「きゃあ!? カーリ、どうして裸なの!?」
「いえ、ちゃんと下は穿いています。私の上着はそこに……うん、しっかり乾いていますね」
「乾かしていたのね……でもいきなり素肌が見えたから驚いたわ」
断りなく身を晒したことについては謝罪しかないのだが、周囲は温かく、天気も良かったので今の内にと思ったのです。
「はい。では、お嬢様、これに着替えて下さい」
言うと同時、確かに健康さを取り戻していたお嬢様が赤面して固まった。
「その汗で濡れた服ではまた風邪をひきます。それと、今日は一日しっかり休むことにしましたので、出来るだけ屋内で過ごして下さい」
正直、嫌がられることも考えての提案ではあった。
異国に居た頃、娘について悩む父親から、洗濯後の衣類が重ねて置いてあっただけでも悲鳴を上げられたと聞いていたからな。
けれどお嬢様は返答より先に手が出て来て、それを慌てて引っ込めた後で問い掛けてきた。
「え、ええと…………いいの?」
「うん? はい。ざっと洗っただけのものなので、心苦しいのですが」
少々不思議な返答を受けつつも、一度屋内へ戻っていったお嬢様が、どことなく落ち着かない様子で出てきた。
着ているのは当然、私の貸した服だ。
私もそう大きな方ではないが、流石に男女の差だろう、肩回りがぶかぶかでかなりきわどい。
顔が熱くなってくるのは、首元の白さに照らされたせいだ。
「ええと、どうかしら?」
頬を染めて聞いてくるが、どうもこうもない。
昨夜に続き、自省あるのみ。
「変な臭いはしませんか……」
「すんすん、平気よ?」
「そうですか……」
なんだろう、途轍もなく危うい事をしている気がしてきた。
いや、それよりも今は。
「では、脱いだ服はいただきますね」
「え!? だ、駄目よっ」
「いえ、必要ですので」
「そんなっ、だって、その、恥ずかしいわ」
「そこは我慢してください。下着などに触れるつもりはありません、上で水場を見付けましたので、洗ってくるだけです」
「え……………………着ないの?」
なぜそうなるんですか。
※ ※ ※
一日を休息に費やし、翌朝の顔色を慎重に慎重に伺った結果。
「あんまり見詰められると恥ずかしいわ」
なんて言いつつも嬉しそうにじぃぃぃぃっと見詰め返してくるお嬢様に根負けして、初日同様の動きでキャンプへ戻ることにした。
体調不良の原因が過度な興奮とそれに伴う誤認であったなら、表面的な元気さだけで判断は出来ない。背負って戻ることも考えていたのだが、それは許して貰えなさそうだった。
頻繁に休憩を挟みつつ、不思議と初日よりも早い速度で戻っていった私達は、遠巻きにキャンプ地の喧騒を聞いて、同時に息を落とした。
「ふふっ、大丈夫だったでしょう?」
「はい。何はともあれ、戻って来れて良かったです」
そうして心配しているだろうメェヌの名でも呼ぼうとしたのだが。
「カーリ」
静かな響きを帯びたエラお嬢様の声が掛かる。
振り返った先、彼女は少し俯いていて、けれどすぐにこちらを見上げてきた。
「私、村に行こうと思うの」
それは一時的な休息の為や、所要を指しているのではないとすぐに理解した。
今回、お嬢様は体調を崩した。
ほんの一眠りで回復する程度のものだ。
けれどやはり、どこか物思いに黙り込むことが増えて、道中でも往路のような浮ついた雰囲気は無かった。
「あちらでも、やれることはある筈よね。キャンプで必要な物資を購入したり、荷運びの人達に指示を出したり、村との折衝もあるわ。それをやろうと思うの」
「……ですが、エラお嬢様はこの探索を心から楽しまれていたのではないですか?」
望まれるから、楽しんで貰えるから、より身を入れて挑んでこれた。
彼女はきっと勘違いしている。
足を引っ張っているなんてことはない。
そもそも、彼女が望まないのであれば私は。
「楽しかったわ。でも違うの。私は、私なりに、もっと真剣にこの事業を成功させたいなって思ったの」
「だから、後方に下がって支援をして下さると?」
「えぇ。今私達が続けていられるのも、カーリが用立ててくれた資金があるからよね?」
「……はい」
帆船一隻分、そして蚤の市の出店費用、売り捌いた情報料、他にも、道中で行商紛いのことまでして金を稼ぎ出してきた。
今はそれをひたすら使い潰している状況だ。
「私も出来ることをしたいの。嫌になったんじゃないわ。怖くなったのでもない。邪魔をしたくないとか、失敗を怖がって逃げているのでもないの」
出来ることをしたい。
そう言う彼女の表情は旅立ちの時みたいに晴れやかで、しっかりとした力があった。
「カーリは最前線で陣頭指揮。メェヌはキャンプとか、間に入って色々とやってくれるでしょうし。なら私は、後ろで二人を支えたいの。その為にもっと勉強もするわ。村のおじい様達に、皆のしている事を理解して貰って、今よりも働き易くなったらいいんじゃないかしら」
だから、ふっと頭に浮かんだ、出発前夜のメェヌとの会話を思い出して、私は頷くことにした。
「分かりました」
素早く頭の中で計画を組み上げていく。
確かに。確かに、ここで後方に立って支援してくれる者が出来るのは極めて大きな意味がある。私一人でやっていたのでは後手に回るしかなかったことだが、お嬢様がこうも仰ってくれるのであれば、全てを早回しにして動かしていくことも可能になる。
「お嬢様」
「なぁに?」
「それでは、いっそ村ではなく、より大本の、最寄の都市に滞在して頂くことは可能でしょうか」
「ええと、来る時にも通った、領主様の治める都市よね? ここから三日ほどの」
はい、と頷く。
「今までよりも遥かに多くの事を学び、覚えていただかねばなりません。ともすれば、この事業の心臓となるようなことを、貴女にお任せ出来ればと思います。それを、お願い出来ますか?」
重責を前に笑える者は少ない。
けれど彼女は、私の要求を誇りとするみたいに微笑んで。
「任せて。私も、カーリやメェヌみたいに頑張りたいの」
頷いてくれた。
でも、と言葉は続いて。
「ちゃんと、会いに来てね……?」
頷き返す。
そのまま向き合えたらと思うのに、気恥ずかしくて背を向けたら、またころころと笑われてしまった。
早く戻りましょう。
きっとメェヌが待ち侘びていますよ。
※ ※ ※
「ああっ、やっと戻って来た!! どこほっつき歩いてきたんですか! ちょっと急いで来て下さいっ、王の使者とかいう人が大量に奴隷引き連れて来てるんですってば!! あっ、エラ様大丈夫ですか!? ちゃんと歩けますか!? それと何やったんですか貴方はっ!」
そうして帰還に気付いたメェヌが泣き付いたり心配したり疑ってきたりと、忙しく出迎えてくれた中、すぐ隣から不審げな視線が投げかけられて私は頷く。
いやはや、二人からの信頼が日々増しているようで良かった。
「ほら、覚えていませんか? 総督位を移譲する際、王都からの書記官に書状を託したじゃないですか」
もっと掛かるかと思っていたが、どうやら新しく戴冠した王は血の気が多いらしい。
「それはいいけど、カーリ……奴隷を買ったの?」
「いいえ? 銅貨一枚たりとも使っていませんよ?」
人一人だって決して安くは無いのです。
そんな金、私達にはありません。
「じゃあなんであの髭ちょびはあんなに一杯引き連れて来てるんですかねぇっ」
ははは、そんなの俺達へ差し出す為に決まっているじゃないか。全くメェヌはまだまだ可愛らしいなあ。
「顔! いいから使者の相手して下さいよっ、私嫌ですよあんなの相手にするなんて……っ」
「分かった分かった。だがそんなに気にすることはないぞ。ああいうのはな、適当に相手しておけばいいんだ。異国でも散々やらされたものだ」
「カーリは……本当に留学をしていたのよね?」
「当然です。エラお嬢様の為、日々学んできましたとも」
心からの忠誠を告げると、エラお嬢様が両頬を抑えて顔を背けてしまった。
まさか私の想いが伝わっていない? いかんぞ、使者なんぞよりも重大な問題が発生している。すまんがメェヌ、後は任せた。
「馬鹿やってないで来てください」
「分かった分かった、そう引っ張るな。ははは、昔を思い出すなあ」
「顔!」
妹分に引っ張られて、三日ぶりの感覚につい気持ちを昂らせていたが、道中並ばせられている奴隷達を見て足を止めた。
これは少し、いやかなり拙いな。
「どうしたの、カーリ?」
「彼らの首元、焼印が見えますか」
「えぇ……」
奴隷に印を付けて、脱走した場合でも所有をはっきりさせる管理法は古くからあるものだ。
ただ、既に付けられていた印の形が厄介だった。
「あれはただの奴隷ではありません。ちょっと挑発し過ぎたみたいです」
「え? いま王様を挑発したって言いました?」
それはどうでもいいんだ。
「彼らは犯罪奴隷。扱いも、管理も、私達にとっては厄介極まる連中ですよ」
※ ※ ※
(先んじて意訳:先王は凄かったけど、お前はどうなん? あぁん?)
『嗚呼、嗚呼ブレイダルク王国に栄光あれ!!
四百年もの昔、この大陸西部に開祖ダルクストが星を見出して以来、我らが王国に陰りのあった日がありましょうか! 否っ、天へも届こう王家の威光に浴し、我ら臣民は日々感謝の涙禁じ得ず、されど未熟な我が身は光に目を晦ませ彷徨うばかり!
かの浜に兆しあり、そう示された我がファトゥム家は粉骨砕身、都市を築き上げ、今日までの栄光を王家より頂いてきました。
ファトゥム家の発展は全て開祖より脈々と受け継がれし王家の威光あってこそ! だというのに!! あろうことか!! 先代当主は偉大なる王家に疑念を抱かせるという大罪を犯したのです!!
王なる裁きに翳りなく、我ら伏して受け入れるばかり。
エラ=ファトゥムは不当にも前当主より虐げられ、されど一心に王家への忠誠を抱き、耐え忍んできた者なれば。此度の寛容、慈悲、あるいは我が
嗚呼ブレイダルク王国に栄光あれ!!
先王在位三十年に渡り、王国を照らしてきた威光はまさに極天へと到達せり! 辿り着くべき約束の地カノアへの道筋はその生涯にこそあり!!
過酷な道行き、不断の決意。凡百な我が身にはあまりにも過酷なれど、既にこの眼には王の極光目に焼き付いて離れず。殉じて逝けぬ身なればこそ、一鋲一杭大地へ刻み、その背中を求めましょう!!
嗚呼ブレイダルク王国に栄光あれ!!
我が王、栄光と共にある王、極天を背負いて征かれる光の王よ。
我ら臣民は貴方と共に。
我ら想いは貴方と共に。
我ら身命捧げる事こそ喜びなれば。
此度王より下された偉大なる挑戦、開祖ダルクストですら成せなかった大偉業、約束の地へと至れと発せられた我が身の震えは止まることなく、涙と共に拝命し地に伏した事を貴方はご存じでしょうか。
嗚呼ブレイダルク王国に栄光あれ!!
この身、この心、誠を以って捧げんと邁進しましょうぞ。
なれど我らが血族、その郎党、ファトゥム家は光へ浴すに値せず。王に疑念を抱かせし大罪、その裁きは既に幕引きなれど。
沈み、砕け、塵となって消えゆくを定められた、それすらも栄誉なるが。
沈む太陽、遠き故郷へ背を向けて、いつか見上げた開祖の御姿、遥か高みに在りて我が手届かず。
積み上げた血の財、残余なく、砕けた想いに佇むエラ=ファトゥムは尚も挑み続けましょう。
王なる威光を今一度、その身に浴びる日を夢見て。
嗚呼ブレイダルク王国に栄光あれ!! ブレイダルク王国に栄光あれ!!
我らが偉大なりし王、ゼファール=グラッソ=ブレイダルクこそが至高の王たると信じて!
栄光あれ!
栄 光 あ れ!
別紙、あり』
風の噂によれば、これを玉座の間で読み上げた下級書記官は感動に咽び泣き、数多の臣下に目元を拭わせたという。
けれど財務を司る文官、極一部の側近達、そして王は。
在位半年、第二王子の謀反により生じたあまりにも広範に渡る連座刑、それに伴う恨みも負債も人材不足も山と積み上げた者達は。
むっすぅぅぅぅぅぅぅぅ、と余計な出費と仕事を増やした馬鹿野郎に復讐を誓ったのだそうだ。
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