第13話 作戦

「作戦」は始まっていた。


「いいわね、ヴィクトリア。――目的は、アジトの殲滅」

「わかってる。生徒たちに被害を与えぬよう、深夜中に首謀者の潜む旧部室棟に単騎突撃。んで――」

「……あなたにまた人の命を奪わせるのは癪だけど」

 俯くスミカに、彼女は、にっと笑って、その真っ赤な髪をなびかせた。

「大丈夫、慣れっこさ」


 というのが、先刻、真っ暗な地下室でのこと。

 学校敷地の隅。取り壊し予定だった小さなアパートのような旧部室棟を前に、彼女は剣を掲げた。

「誰だ!」「その赤髪――まさか」

 短い杖で狙いを定め、ひとりの少女は放つ。「先手必勝。ライトバレッド!」

 警備役の少女、二人のうちの一人が打ち出した魔法の弾丸は、しかしその女の掲げられた剣のかすかな動きによって容易く弾かれる。

 余波は小さく彼女の制服のスカートをなびかせ、その紅い瞳を鋭く光らせる。

「……バケモノ、だ……」

 恐怖に座り込む少女の瞳に映る、圧倒的な実力者。そう、彼女こそが。


「バケモノたぁ失礼じゃあねーか。俺はただの冒険者――ヴィクトリアさんだぜ?」


 にっと歯をむき出し笑う彼女に、逃げ出す――否、敵襲を伝えに行く一人。

「ふぁ~あ、めんどくせ」

 それに向かって、ヴィクトリアは空中でデコピンをした。

 次の瞬間、逃げ出した警備役の少女は、血を吹いて倒れた。

「……え、なにを」

 その場に漂う魔力に揺らぎはない。不自然に思ったのだろう。座り込んだ少女から出てきた言葉に、ヴィクトリアは素っ気なく答える。

「空気を撃ち出しただけだ。そんなに不思議なことでもないだろ」

「やっぱバケモノじゃん……」

「というわけで、お前」

「ヒィッ!?」

 警備役の少女に近寄って、ヴィクトリアは真顔で問いただす。

「な、今回、なんでテロなんて起こしたんだ?」

「えっと、えっとぉ……なんていうか、この世界を変えたくって」

「首謀者に誘われて――って感じか」

「そうなの! 私がやったわけじゃない! 私はやってないの! だから――」

 喚く少女の首すじに、ひやりとしたものが伝った。

 ヴィクトリアの、剣だ。

「ヒィィッ! ごめんなさいごめんなさい! だから! 命、だけは」

「ああ、そうかい。命だけは、ねぇ」

 瞳孔を小さくして懇願する少女に、燃えるような髪の女は、その身に似合わぬ冷徹な声で言い放った。


「16人」


「は、え……?」

「今回の事件の死傷者、16人」

「……それが、どうして」

「この事件での重軽傷者は50人ともなる。ひどいやつは半身不随だとか、足がなくなったやつもいるらしいと聞く」

「それがなに! わたしは――――」


「人殺しが、命乞いしてんじゃねえよ!」


 ――次の瞬間、剣が少女の胸部を貫いた。

「人殺したやつが、のうのうと自分だけ生き延びようだなんて虫のいい話、ねぇんだよ。関わったやつは全員同罪だ。……俺もそうだが」

 絶望に染まりきった少女の顔を一瞥し、ヴィクトリアは息を吐く。

「殺したやつが、殺されても文句言うな。……罪を抱えて、永久に眠りな」

 その先の建物に向ける鋭い視線にどこか愁いを帯びていることを、きっと誰も気づかないだろう。本人でさえも。


 カッカと靴を鳴らしてその建物に向かうヴィクトリア。その後ろをついてくる人間に、彼女は気付かなかった。

「……あそこが、アリアのいる――」

「そう。旧部室棟。……マーキュリー、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶじゃ……ない、かも。オェッ」

 目の前で二つの命が奪われた事実に、マーキュリーは吐き気を飲み込む。

 ソーヤも少し目をそらし、しかしクリスは。

「このくらい、村じゃ結構よくあったしっ!」

「きみの故郷、壮絶過ぎない?」

 ――都市ではない平民の村はよく魔物や野生動物に襲われる上、狩りで生計を立てる者も多い。そのため、人の死は貴族や名家の人間より格段に身近である。

 平民出身であるクリスは、目の前の少女たちの残骸を手練れた手つきで土に埋め。

「…………」

 指十字を切り、わずかな時間だけ、祈りをささげた。

「……行きましょう」

「うん。早くアリアと会わなきゃ。……話を、したいから」


 こうなったのは、ひとえに少年――僕の、我儘であった。

「話、ね」

「そう。……何の理由もなく、こんなことをするようなアリアじゃない、はずだもん」

「何度も聞いたよぉ、ソーヤくん」

 マーキュリーの微笑みに、僕は「そうだね」と微笑みを返す。

「そもそも、こんなところにアリアがいるかどうかわからないじゃない」

 唇を尖らしたクリスに、「そうだね」と僕はまた笑い。

「ちょっとは自分の意見も言いなさいよ、ばか!」

「いや同意も十分意見表明だと――あっ」

 大声を出したクリス。僕は慌てて隠れようとするが。


「――隠れてないで出てこいよ。出てこないなら――敵と見做すぜ?」


 ……詰んだ。

 詰みを確信し、僕は両手を上げておずおずと木陰から顔を出す。……僕がおとりになって、他二人を先に進ませる算段で。

「おう、久しぶりじゃねーか。こんなとこで会いたくはなかったが――」

「ええ。お久しぶりです。――僕は、あなたの敵ではありません。だから」

「剣を置けってか? ざけんな。信用できるか」

 じりじりと僕に詰め寄るヴィクトリアさんに、僕は後退。一定距離を保ったまま、僕らはにらみ合う。

「だが、お前から敵意を感じないのも事実だ。人殺し特有の剣呑な雰囲気もない。……いますぐ逃げるなら、見逃してやるが」

「それも……できない相談です。なぜなら」

「ならば問答無用。お前『ら』全員――」

 僕が単独でないのもバレている。これはまずい。

「――殺す」

 息をのんだ、その瞬間だった。


「私の聖域を、汚すなッ」


 強烈な耳鳴りが響いた。

 頭を押さえると同時に、強烈な酩酊感。吐き気。立ち眩み。

「なに!?」

「きゃ――んっ」

 精神汚染魔法。昼間にネコの先生から学んだあの魔法。……一度受けた魔法なら、どうにか勘で対処できる!

「クリス、マーキュリーっ」

 頭に回復魔法をかけ、それから精神魔法の解除を試みつつ二人の名前を呼び――。

「安心してください。殺してはいません」

「……こればかりは、信じたくなかったよ」

 視線の先にいた二人、そして横目に映るヴィクトリアがただ気を失っているだけなのを確認し、僕は声の主のほうへ視線を動かした。

 そこにいたのは。


「あは、あはは。……あなたにだけは、見せたくなかったんですけどね。――こんな汚れた、わたしなんて」


 その言葉が皮肉に見えるほど――ひどく美しい、天使のような純白のドレスを身に纏った――


 アリアだった。

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