第12話 Love yourself whom I love.


「……え?」

 困惑した。


「だから、あなた男でしょ?」

「ど、どういう――」

 クリスの言葉に、僕は咄嗟にしらばっくれる。が。

「もう隠さないでいいよ、ソーヤちゃん」

 マーキュリーの優し気な声に、僕は言葉を詰まらせる。


 ――『武器の振えないガキは、この家にはいらない』

 ――『魔法が使えるのは女だけだからな』


「……なんにも、隠してなんて」

 かろうじて振り絞った言葉。けど――「声、震えてるわよ」とクリスは鋭く指摘する。

 涙が零れ落ちそうになるのを必死にこらえ、僕は次の言葉を考える。

 けれど。


 ――『男のくせに、魔法が使えるなんて』

 ――『……いまからあなたは娘よ』


「…………」

 なにも、思いつく言葉はなくて。

「泣いてるの?」


「……ぼくは、おんなのこ、だもん」

 幼く、小さく、主張した。


「だって、だってさ。まほうがつかえる、おとこのこなんてさ、いないじゃん」

「そうね」

「けんのふるえないおとこなんて、おとこじゃないじゃん」

「……そう」

「だから、ぼくは、ぼくは――――――――――」

「………………」

「――おんなのこじゃなきゃ、おかしいの」

「……………………」


 僕の幼い声。「だから、だから――」と言葉を探る僕に、クリスは近寄って。


 ぱしん、と頬を叩いた。


「いい加減にしなさい」

「なにを――」


「いい加減――言い訳すんの、やめなさい!」


 怒鳴ったクリスの言うことが、まるでわからなくて。

「どういう――」

 尋ねようとしたのを遮って、クリスはまくしたてた。


「あんたねぇ、言い訳が多すぎんの。毎回毎回ぐちぐちぐちぐち! いい加減本音で話したらどう!?」

「それは……」

「また言い訳しようとしてる! そういうとこよ、ばか!」

 口をつぐむ僕に、彼女はさらなる追い打ちをかける。

「更にイヤなのは、それを自分にも言い聞かせようとしてるとこ! ほんっと、自分に言い訳して何になるのよばか!」

「……」

「なんか言い返せばか!」

 今度はそんなことを言ってくる、感情が爆発したクリス。何をすればいいか途方に暮れる僕のひたいに、彼女は人差し指を押し当てて。


「自分を偽るな。自分に言い訳すんな。――私の好きなあんたを愛して」


 僕の目を正中線で射抜く彼女の青い瞳。そんな真っ直ぐな視線に、少しドキッとして。

「目ェ逸らすな、ばーか。……茶化してくれる奴がいないのって寂しいわね」

 彼女のため息に、僕はかすかにうつむいた。


「わかった。話すよ。……絶対に、ほかの人に話さないって約束してくれるなら」


 ぽつり、口にした言葉。ぱあっと花が咲いたように笑うマーキュリーと対照的に、クリスはどこか優し気に微笑む。

「洗いざらい吐きなさい。……どんなことだって、受け入れたげるから」


    *


「ぼくは……男です」

「改めてだけど、見た目からは想像つかないわね……」

「……性別を偽って、この学校に通ってました」

「私は全然わかんなかったよぉ。いるんだね、こんなかわいい……女の子より女の子な男子なんて」

「あはははは……全然褒められてる気がしないのは気のせいかな?」

 空虚に笑う僕に、クリスはため息を一つ。

「で、さっきはなんであんなに思い詰めてたのよ」

「実は――」

 僕はこれまでの推理を話す。


「――この騒動の犯人がアリアだっての!?」

「しーっ、声がでかい!」

 僕が小声で注意すると、クリスははっとしたように息をひそめる。

「……どういうことよ」

「だから、言ったでしょ? アリアが遺物を使ってたのを見たことがあるって」

「なんでそれだけでアリアが犯人だってわかるのよ」

「しかも、教室にもいなかったし――」

「それだけじゃ証拠にはならないわよ。ほら、もっと、決定的なのがないと」

「落ち着いてよ、クリスちゃん。ソーヤちゃ……ソーヤくん? も……」

 お互い頭がカーッとなっていたみたいで、互いに息をつく。

「……お茶、飲む?」

「ええ、頂くわ」


 自分のマグカップを魔法で呼び出し、あと茶葉とティーポッドも収納魔法の穴の中から取り出し。

 お湯を魔法で出して、茶葉を入れたティーポッドに注ぐ。

「手慣れてるわね」

 クリスが僕のそばに寄ってきた。

「いつも、自分で淹れてたから」

「やってくれる人がいなかったの?」

「まあね。僕、家族からは見捨てられてたし。いちおうメイドはいたけど、ドジでお茶の一つも淹れられない子でさ――――」

 重たい雰囲気にならないようにあえて笑って告げた言葉に、しかし彼女は。

「……あんたも苦労してきたのね」

 そう言って、うつむいた。

「べつに、当たり前のことだよ」

「当たり前じゃない存在が言う?」

 当たり前じゃない存在。イレギュラー。障害者。異常。バグ。

 彼女もきっと言葉を濁したんだろう。その気はなくたって。

 別に苦労なんてしてはいない。憐れまないでくれ。

 そんな意味を込めて、僕は言葉を探り。

「……ああ、そんな存在には、当たり前なんだよ」

 なるだけ傷つけないように振り絞った言葉に、彼女は少し笑った。

「なにがおかしい」

「おかしくなんてないわよ。人には人の当たり前があるんだなって」

「なにそれ」

 口をとがらせる僕。彼女は「なんでも。ただ」と前置きをして。

「苦労してるのは私だけじゃないし、あんただけでもない。それだけのことよ」

 そんなふうに、唇をほころばせ。

「いい匂いね」

「う、うん。茶葉、少しいいのにしたんだ」

 ぎこちなく話題を変えた。

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