第11話 empty


「アリア……嘘、だよね」

 呟いた僕――の腕を「危ないっ」と引っ張ったのは。

「クリス!」

 名前を呼んだ僕。その眼前を、氷のつぶてがひゅんと風切り音を立てかすめる。

「助かったよ……ありがと」

「いいのよ。それより、どういうこと? なんで――」

「話はここから逃げてからにしよ!」

 マーキュリーの言葉に、僕は助けられたような気がした。実際にのんきに話をしていられるような余裕もなかった。

 そのはずだ。しかし。


 攻撃は止んでいた。

 レーネのほうをちら、と見ると。

 彼女は、停止していた。


 かちん、とまるで糸で吊られているように。

 よくみると、短杖の先はかたかたと震えていて。

「いまのうちに……」

 マーキュリーが逃げようとするのを、僕は「待って」と制止する。

 ……様子が変だ、というのはたぶんこの場にいる全員が察していただろう。


 しばらく停止していたレーネは、突然、がくんと倒れ伏した。


 さっと駆け寄った僕。

「だめ、危険よ!」悲鳴のようなクリスの声を聞かなかったふりをして、レーネの肩を抱く僕。

 静寂、数秒間。そののちに。

「ん、んぅ……あれ?」

 僕の腕のなかの少女は、目を覚ました。


    *


 ――夜になった。

『臨時ニュースをお伝えします』

 魔鉱ラジオ。魔力を帯びた石を使って遠くから送られる音の波を捕まえて流す、かつての異世界人が伝えたとされる――法律上許可されている、数少ない遺物。

 ざっとノイズが流れ、電波の周波数を切り替えるが。

『臨時ニュースです』

 声が変わっただけの同じ内容。僕はため息をついてラジオの電源を切った。


 世界各地で起きたとされる暴動。すぐに鎮圧されたものの。

 一斉に現れた学園の暴徒たちは、現在勾留中なのだそうで。

「……アインちゃん、泣いてたね」

「そうね。さすがに心が痛くなったわ」

 目を伏せる僕ら。自室待機。――やはり、一人足りなくて。

「……アリア」

 いない少女の名前をつぶやくと、クリスが僕のそばに寄ってきた。

「アイツ、どこに行ったのかしらね」

「早く帰ってくれば……いいんだけど」

「…………ねえ」


 彼女は呟くように、ささやくように、僕に尋ねた。


「――あんた、いったい何者なの?」


「え?」

「何を隠してるの? なにを知っていて、どうしていまここにいるの?」

「どういう――」

「不思議だったのよ」

 彼女は僕を見つめ。

 糾弾するように告げた。


「あなた、男でしょ」


    *


「なんにも覚えてない!」


 少女の叫び声が壁越しに響く。

「~~~~~~」

「~~~~から――覚えてな~~~~」

 悲痛な声と、責め立てる声が交互に響く。

 何度も何度も。頭がおかしくなるような空間。


 それが、幾重にも重なって聞こえた。

 ここは校舎地下の会議室。

「うるさいな……」

「仕方ないでしょ。拷問なんてそんなもんよ」

「だからって他にもやりようがあったろ……流石に気分が悪いぜ」

 苦言を漏らすヴィクトリアに、スミカが苦笑する。


「さて。――作戦を始めましょうか」

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