スタート!

奈那美

第1話

 「位置について!用意……スタート!!」パァン!

 

 先生の号令とともに、横並びに並んだ五人が走り出す。

そのうち四人がぐんぐんと速度をあげて走り去っていく。

置いてきぼりにされるのは、いつも私。

 

 はっきり言って、私は足が遅い。

小学生高学年女子の五十メートル走の平均が十秒あるかないからしいが、私は十一秒台で走れれば上出来という状態だった───それもかなり必死で走って。

だから五人で走れば五位。

背も小さいし、別に太っていたわけでもないのに。

 

 そんなある年の運動会。

私は借り物競走で走ることになった。

スタートして中間地点においてある封筒を拾い、中の紙に書いてある『何か』を会場の中の誰かに借りて、それを持ってゴールまで走るというルール。

(どうせ足も遅いし、借りるのもをさがすこともできなくてマゴマゴしちゃうんだ……やだなぁ)それが本音だった。

このまま急な腹痛でも起こらないかな?そんなことまで考えていた。

 

 次は私がスタートラインに立つ順番。

そんなタイミングでグラウンドのライン監督に立っていたクラス担任のT先生が言った。

「おお!おれはここにいるからな!」

たぶん前もって先生も借り出されるメンバーに選出されていて、本人にも通達されていたのだろう。

だけどいつまでたっても自分を借りに来る人がいないからアピールした。

 

 ───いいなあ。T先生だったら慣れてるし(私は極度の人見知り)探す手間がいらなくていいのに。

そんな思いを胸にスタートラインに並ぶ私。

「位置について!用意……スタート!!」パァン!

ダッ!

みんな一斉に走り出す。

中間地点には私の分の封筒が一枚だけ。

みんなそれぞれに「○○持ってる人貸して!」と観客席を探している。

私はため息をつきつつ封筒の中身を出した。

そこに書いてあったのは───T先生の名前!

 

 私はいそいで先生のもとに走り、紙を見せた。

「おっ!!」

先生は喜んで私の手を握って走り始める。

が、先述のとおり、私は足が遅い。

先生がとった方法は……なんと私を小脇にかかえて走るという方法。

そのままゴールまでダッシュしてくれて……生まれて初めての一位を獲得。

借り物競走で、借りものを持って走るではなくのは私くらいかもしれない。

 

 これが唯一の嬉しい「スタート」の思い出。

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スタート! 奈那美 @mike7691

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