幕間2-2

「それで、ですね。相談と言いますのが……」


 もじもじ、という擬音語を体現したような素振りを見せる梅小路のなんと可愛らしいことか。特に目を惹く美人という事もない、とても普通の女の子がそのまま大人になったとしか表現できない容姿。これで今いくつだったか……颯少年には勿体無いのじゃなかろうかという感想を生ビールと一緒に飲み込んで、ナッツを摘む代わりに口を出す。


「どうした、告白でもされたか?」

「こっ……!?」


 ニワトリか。というベタベタな突っ込みは置いといて。自分にもこういう可愛らしい時期が果たしてあったのだろうか。無かったかも知れない、と二秒で結論付けて視点を戻す。


「……胡桃沢さんはもしかしなくてもお聞き及びですよね」

「悪いな。酔った勢いも手伝ってつい抱きしめてしまったのだと聞いた。盛大に反省しているようだったが……」


 横目で伺うと耳まで赤く染めたままで梅酒ロックを舐めている。この好ましさしか生まない初々しい生命体は、ここ一年で急成長を遂げている。危うい場面も何度かあるにはあったものの、その都度きちんと手を差し伸べる颯少年とは本当にバランスの取れた良いコンビだ。

 別の意味でいくと双樹と颯少年のコンビもお互いの欠けている部分を補い合うなかなかの調和なのだけど、しかし成長曲線が著しく上昇を見せたのは前者のケースな訳だから、愛の力とは偉大なものなのだ。恐れ入る。


「それで、嫌では無かったんだろう?」

「は、い」

「それなら、流れに任せておけばいいだろう。颯少年は根は真面目だからな」


 だって十数年育てた初恋らしいじゃないか、という言葉はこれまた生ビールと共に流し込む。余計な口を出さないことは、信頼される大人の必須条件なのだ。

 何しろ子供の頃に偶然の出逢いをして以来の想い人と奇跡的に再会を果たしたというのだから、ロマンチックな話もあるものだと思う。まるで純文学かおとぎ話かという様相を呈している。あの烏丸颯少年が、ねぇ。私は酔いに身を任せて記憶の小瓶の蓋を緩めてみる。


 颯少年との最初の出会いはご多分に漏れず「補導」だった。少年保護センターに送られてきた態度と目つきの悪い少年。まるで野生化しかけた子猫のように誰彼構わず警戒し、威嚇し、逃走し、どういうわけだか双樹の手によって連れ戻されてきた。聞けば、二人は昔からの顔見知りなのだという。近頃よく出入りしている神社の子供と素性が割れて、その癖ずいぶんと空虚な顔つきをするのが気にかかった。

 カウンセリングが回数を重ねるうち、生い立ちや抱えているものがひとつ、またひとつと明らかになる。幼少期のトラウマと呼ぶには大きすぎる悲しさと、余計なものがたんと目に入ってしまう煩わしさ。そりゃあ荒れるか潰れるかの二択にもなると言うものだ。

 当時高校生だった颯少年を組織に引き入れるまでには少々骨が折れたが、双樹の口八丁手八丁が炸裂するほか、颯少年本人持ち前の負けず嫌いと素直さが事態の流れを加速させていった。颯少年はやけに馬の合う双樹によく懐き、結局はその手元で働くこととなる。


「嫌というか、は、恥ずかしくて……」


 不意にまた可愛らしいことを呟くからたちまち愛しさが込み上げて両手がワナワナと震えてしまう。いつもなら力の限り肩だか背中だかをバシンとやる所、代わりにその手でジョッキを持ち上げる。


「ちょっ……っと梅小路、乾杯しようか」

「え、あ、はい。乾杯です」


 カチン。

 グラスのぶつかる音についで再び大人しく梅酒ロックを舐めて、勧めたポテトサラダを摘む。……と、目を輝かせて「おいしい!」と快哉をあげ、カウンター越しに店員とポテトサラダ談議が始まっている。地方から出て来た人独特の間合いの近さのせいか、それともそういう性格なのか、人と打ち解けるまでの時間の短さに驚かされることが多い。それこそあのワガママで跳ねっ返りの御厨とも、いつの間にか難なくコミュニケーションを取れるようにまでなった。


「胡桃沢さんは、御厨さんともお知り合いなんですよね」

「あー、まぁ」


 単に勘が鋭いのかも知れない。自分の小皿に移した分のポテトサラダに黒胡椒を振る。


「先日少し伺いました、八神さんから」

「八神はなかなかの曲者だろ?」

「いきなりリーディングをかけられて驚きました」


 御厨も颯少年と境遇は似ているが、彼女の場合は少しばかりアクが強い。あのフェアリーとやらも早めに何とかした方が良いだろうけれど、あまりにも癒着の進んだ怪異との決別は危険が大きく、一朝一夕にどうこう出来るものでもない。様子見が続いているのだが。

 頬に視線を感じて目を向ければ、それ、と手元の小皿を指し示す。


「さすがに黒胡椒をかけ過ぎでは……」

「ううん、コレでちょうど良い」


 梅小路の「調伏」成功によって、どうにか「使役」の種類を変更出来ないものかと言うのが実は私と双樹の間での目下の課題だったりする。

 お返しとばかりに梅小路の指先から伸びる糸を指し示した。


「解けてるぞ」

「最近すこし、ほどけやすくなったような気がしないでもありません」


 ゆっくりとした手つきで、ほどけた指先の糸を撫でる梅小路がふと頬を染めた。


「まぁ、その……また編んで貰います、颯くんに」

「んんんっ! 乾杯、しとくかっ!」

「さっきもしましたけど……はい、乾杯です」


 カチン。

 再びグラスが合わさって。穏やかに夜が更けていくのを感じながら、温くなりかけのビールを飲み干した。

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