幕間1-3
今考えると梅小路家から人材を採用したのはなるべくしてなったと言うか、こんな時にきっと「縁があった」って表現するんだろう。TSCも素敵な場所なんだけど僕らは僕らで趣があるんだよなぁ。
そんなことをぼやぼやと考えながら二十五階の廊下に立った時点で、会議室の中が紛糾の様相を呈しているのがわかった。東京都庁第一庁舎。既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。
怒号とも悲鳴ともつかないものが飛び交う様子を扉の外から伺っていると、御厨さんがこちらを凄い勢いで振り返る。わぁ、既に怒っている。彼女の場合なまじ可愛らしい造形の顔立ちとファンシーな服装をしているだけに、洋画に出てくる呪いの人形に酷似した雰囲気になっちゃうんだけど、それを言ってしまうと僕の寿命が終わることになるかも知れない。
「立ち聞きだけして帰るなんて許されないわよ、勧修寺さん」
「いやいや人聞きの悪いことを」
一歩踏み出せば疲弊した空気が纏わりつく。会議はさながら宴もたけなわ。そろそろ散会かなという趣き。ホワイトボードに目をやれば、決定事項を箇条書きしただけと思しき内容が飛び込んでくる。
「これらは僕の方でもだいたい把握しておりますんで、浄化室でも随時しかるべき対処をさせて頂きます」
「私はイヤよ! こんな虱潰しの流れ作業なんかやらないわ!」
「エリィはほとんどやらないでしょ。やるのは僕じゃないか」
「イーヤーなーのっ! 廣太郎の手がふさがったら私の仕事が増えるじゃない! 疲れるのは嫌いなのっ!」
御厨さんが指差すのにつられてもう一度ホワイトボードに視線をやる。重要テロリスト監察案と題されたその内容は、それらしい人物の経過をリーディング能力者が定期的に監察していくことを課されているのだけど。確かに、これじゃ結構な重労働になるし、効率も良くない。やってますって言いたいだけに見えるんだよねぇ。
しかも、だ。手元のタブレット端末を立ち上げて、事前に配布されていたPDFのページをスクロールしていく。これ、どう考えても僕の所のあの子に関連してるんだよねぇ。
「ねぇ、勧修寺さん。翠子ちゃんにはリーディング能力ありそうな気がしますけど、そこの所をちょっとこちらで調べてみても良いですか?」
考えていた名前がひょいと出て一瞬だけ表情が強ばってしまう。八神くんがそれを見逃すはずもなく、「やだなぁ、調べるだけですって」とへらへら手を振るものだから、そんな訳ない感が余計に強まるんだよ。
「お気づきかと思うけど彼女は今のところ不安定なものでね。能力値を計測するにはまだまだ早いと思うから、当面は遠慮しておくよ」
「そうですか。残念です」
とは言いつつも、八神くんの瞳は揺れもせずこちらをじっと見据えたままだ。これは本気で梅小路さん獲得を狙っているのだと分かる。
「でも、覚えておいて欲しいんです。現場仕事には必ず危険が付き纏います。怪異に汲みし易い体質の彼女ならば尚更そうでしょう」
「それはね、うん。颯くんからも指摘されている事項だよ」
「烏丸くんについては他に要因もあるんでしょうけれど……これは翠子ちゃんにとって悪い話ではないし、それに……エリィにも」
そこで御厨さんの様子を伺うように目線を走らせた。彼らはコンビを組んでそんなに長かっただろうか。御厨さんの年齢からして、あまりそうとも思えないんだけど。それにしては絶妙なバランスでお互いが依存しあっているようにも見える。
「僕は、彼女の負担を減らしたいんです。このままだとエリィは……」
そこで言葉を区切ると再びこちらに向き直る。しゃら、と耳にぶらさがるチェーンの揺れる音がする。お気が向かれましたらぜひ。そう言ってまた張り付いたような笑みを浮かべて来るものだから、普段からアルカイックスマイル呼ばわりされがちな僕としてもついつい癖と言うか、習性と言うか、同様の笑みを浮かべてしまうじゃないか。あ、ほら、御厨さんが嫌そうな顔してる。
「その辺は別としても、翠子に『遊びに来て』って伝えといてくれる?」
いつの間にそんなに仲良くなったのか、御厨さんはすっかり梅小路さんを気に入ったらしい。颯くん曰く「人たらし」は梅小路さんの才能のひとつなんだと思う。良いことだけど、それが少しだけ恐ろしく感じることもある。特に、あんな名前を目にしてしまった後には。
せっかくなので来たついでに展望室に立ち寄って眼下に広がる東京の街を眺めてみる事にした。これって颯くんや梅小路さんが見たらきっと至る所に結界やら紋やらが見えるんだろうなぁ、なんて羨ましく思ったりもする。
とりあえずはライフワークバランスとやらを取り易いよう僕の方でも業務改革に勤しむとして、目についた土産物を手に取ったりもしてみる。二人には永く勤めて貰いたい。たって、あんな興味深いコンビってなかなか無い。ここはひとつ、甘い物でも食べて英気を養って頂こう。
それにしても強敵っぽいなぁ。僕はさっきのリストにあった名前を思い出して首をすくめた。胡桃沢巴はこの事をもう知っているのかなぁ。
「
*
「で? 何だよ、これ」
「何って、お団子じゃないかな」
「……富士山、ですか?」
霞ヶ関に帰りついて早々にお茶を淹れながらさっき買ったお菓子を出すと「富士山ごまだれ餅」に興味津々の様子の二人が集まって来るものだから、僕としてもお土産を入手した甲斐があると言うものだろう。
「うん、富士山だね」
よくは覚えてないけど、たぶん見えてた、はず。見えるからこそあの場所で販売する品物に命名したのだろうし。少なくとも富士山があるのは事実だし。とそこまで考えて、何だかいつもと逆っぽいなと感じる。
都庁から見えるはずの、或いは見えてても僕が気付かなかっただけの、富士山。誰かの目には映らなくてもそれは確かに存在している訳で、つまりはその対象が物質的な質量を伴っているかどうかって話かな。ううん、よく分かんないや。これは糖分を補ったほうが良いかも知れない。
目ざとくパッケージ裏を覗き見た胡桃沢巴が「都庁か」と呟くのを聞きながら、思考を振り切るようにひとつ摘み上げてひょいと放り込む。ぷつりと弾けた餅菓子の中から溢れ出したごまだれが口腔に広がる。
「うん、なかなか美味しいね、これ」
「あ、もう食ってる」
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