恋の占い屋敷の怪

3-1

 梅雨明けが宣言された途端、連日の猛暑が東京の街を包んでいます。

 休日の午後、少し大きめの手芸用品のお店に買い物に出かけた帰り道です。昨晩から思い付いてヘンプ編みのハンドバッグを編み始めたのですが、途中で材料が足らなくなり、買い足しに出かけていたのです。

 気温が上がる前にサッと行って帰って来ようと家を出たものの、売り場では季節限定のカラーや綺麗なチャーム類についつい目を奪われて、すっかり長居してしまいました。

 もわもわと沸き立つようなアスファルトからの熱にギブアップしそうになって足早に交差点を渡ると、緑がたっぷりと生い茂る公園へと足を踏み入れました。

 やはり木陰は体感温度が違います。私は心持ちゆっくりとした足取りで公園の歩道を歩きます。さわさわと柔らかな風が木の葉を揺らして、とても心地が良いです。

 さてさて、帰ったら一気に編み上げてしまいましょう。気分良く歩いていると、ふと、歩道横のベンチに座る女の子達が目に止まりました。二人は歳の頃なら十代後半あたり。少し間を開けて座ったベンチの上に向かい合ってかがみ込み、どうやら一緒に何かを覗き込んでいます。その「何か」から少し不思議な気配がしていて、それが、私のアンテナに引っかかったのでした。

 迷いましたが声をかけてみることにします。私には颯くんのように「浄化」もできませんが、何かあれば繋ぐ事ができますし、何でもなければそれで良いので。一瞬だけ、頭の中で颯くんが「余計なことに首突っ込むんじゃねぇ」と唸る顔が思い浮かびましたが……掻き消すように頭を振ってから、口を開きました。


「こんにちは。これは何をなさっているのでしょうか?」

「……こんにちは。えっと……」


 女の子二人は不審そうにこちらを見上げました。互いに顔を見合わせて目線で何事かを相談しています。もう少し寄り添ってみた方がお話を伺いやすいかもしれません。

 二人の手元には手書きの文字盤のようなものが、握り合わせた手の中にはピンク色の色鉛筆がありました。これは恐らく、古くは「コックリさん」に派生する、降霊術を模した遊びでしょう。私が子供の頃にも一部でこっそり流行っていたように思います。たしか、名前は……


「……懐かしい。昔、私もこうして遊んだ覚えがあります。『キューピッド様』ですか?」

「いえ、これは『乙女さん』です」

「乙女さん……?」


 彼女たちの説明によれば、『乙女さん』は尋ねたことに答えてくれる存在なのだそうです。それだけ聞くと交霊術的な遊びを思い浮かべますが、曰く従来のそれらとは違っていて恋愛系の質問に特化しているようです。その分、よく耳にする「呪われる」とか「祟られる」がない、安心して出来る遊びなのだという話でした。


「遊びって言うより、恋占いに近いんです」

「へぇ、恋占い」


 話を聞きながら思い出してきましたが、私も昔、クラスメイトからそんなことを言われた覚えがあります。あれは呪うから、これは呪わないから。

 そんな風に言い訳しつつもしている事はほぼ同じです。この手の遊びは催眠効果や集団ヒステリーなどが表れてしまったり、パニックになって心身に支障をきたす事例も少なくありません。

 それで、例えば学校なんかではこういった類の遊びは禁止することが多いのですが……次から次へとアレンジされた同様の遊びが排出されるのも特徴的なところなのです。

 お節介ながら、あまり深入りしない方が良いのではと一言添えようとしたその時でした。片方の女の子が不思議な事を話してくれたのです。


 *


「なるほど! つまりはそれが今回の調査対象だったって訳だね!」

「はい、そうなります……」

「そうなりますじゃねぇだろ。勝手に危なそうな輩に声かけんなって、言ったよな?」


 ……やはり、怒られました。瞳をキラキラさせている先生とは対照的に、颯くんは曇った表情で膨れています。

 えーと、以前にも同様にして知らぬ間に調査対象と接触していた件がありますので、これは無理もないのかも知れません。しゅんとしてしまいながら、今回の調査対象に関する情報にもう一度目を通します。

 発端としては、とある地域の文房具屋さんや画材屋さんでピンク色の色鉛筆ばかりに品切れが続いていたことから始まりました。周辺の店舗からその地域の学校に「授業で使用しているのか」といった問い合わせが入り、不審に思って調べてみた所、生徒たちの間で流行している遊びにピンク色の色鉛筆が使用されている事が分かります。

 そこまでは学校側でも分かったそうなのですが、生徒たちがあまりに口を割らない為に調査依頼が来たのだそうでした。ひた隠しにするということは、それだけ後ろめたいことをしているという意味にもつながります。


「潜入捜査をするにも手間がかかるし、助かったよ」

「潜入……する予定があったんでしょうか……」

「うん。颯くん辺りを教育実習生として送り込むとかね」


 うぇ、と奇妙な声を漏らしながら颯くんが顔を逸らしました。教育実習生……どうでしょうか。でも、特殊なバイアスがかかったりしたら、それっぽく見えないことも……。


「想像してんじゃねぇ」

「あ、はい」


 バレてしまいました。私は浮かびかけた想像をかき消しつつ、私からお二人に伝達したメモ書きに目線を落とします。

 今回話題になっている遊びの正体は「乙女さん」。これは最近急に流行り始めた恋占いのひとつで、出所は不明でした。誰からともなく言い出して、気が付けば誰もが知っていた。いちばん最初に誰が言い出したのかもわからない。そんな状態のようです。

 遊び方としては、用紙の真ん中に鳥居、それを囲うようにハートマークを描き、下に「はい」「いいえ」の選択肢を書きます。それから周りに「いろはに……」の順で五十音を書き、占う本人ともう一人が一緒にピンク色の色鉛筆を握り「乙女さん」を呼び出す呪文を唱えます。


「恋の乙女さん、恋の乙女さん、おいでになりましたら『はい』の方をお巡り下さい」

「先生、これは二人で行う占いです。あと、呼び出しが出来るのは女子限定らしいです」


 手書きの文字盤にピンク色の色鉛筆を突き立てていた勧修寺先生が、残念そうに眉を下げました。


「このジェンダーフリーの時代に今さら男女格差のある怪異が……」

「格差って呼ぶのか、これ?」


「乙女さん」でしてはいけない事は、許可なく途中で色鉛筆から手を離すこと。それと、他人の恋占いは出来ないのだそうです。恋をしていて悩みがある張本人のみが「乙女さん」を呼び出す事ができるのだとか。


「しかしながら、今回の調査対象は噂の要素が非常に、非ッ常に多かったからね。なかなか具体的な情報が掴みにくくて。梅小路さんが上手く聞き出してくれて良かったよ」

「ったく、甘いんだよ先生は……」

「まぁまぁ、颯くんも心配なのは分かるけど、今回は危ない目に遭った訳じゃないから。ね?」

「す、すみません」


 公園で出会った彼女達の学校では、こちらの「乙女さん」がこの春頃から爆発的に流行りはじめ、恋占いをした誰もが、その正確な情報や具体的なアドバイスの虜になった頃、今度は、少し別の噂が囁かれ始めたのだそうです。


 さて、ここにもう一件の調査依頼があります。

 こちらは勧修寺先生とは別ルートで胡桃沢さんの元に舞い込んだ案件で、この辺りの学校で最近急に欠席者が増えていることが発端です。時期的なもののほか、対象が女子生徒である点と、欠席し始める前に恋占いをしていたという証言のある点が共通していました。

 どの生徒も症状は似通っていて、ぼんやりとしたまま部屋の中から出て来ず、やたらと睡眠ばかりで食事を摂らず、次第に衰弱が進んでいるのだとか。

 こちらも情報が漠然としすぎて調査が難航していたのですが、どうやらその「恋占い」は「乙女さん」の事を指しているのだとわかった訳です。

 そして、調査対象者の方たちが欠席し始める前に訪れていた場所。それがどうやら今回持ち込んだ情報で繋がったようです。


「とにかく、その『乙女さんの占い屋敷』とやらは、気になる話だよねぇ」


 この街にある古びた洋館に「乙女さん」の住処すみかがある。そこへ行けば叶わない恋はなく、どんなお相手でも自分の虜にできる方法を教えてくれる……。

 そんな噂が、まことしやかに流布しているのです。

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