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「降霊術の流れを汲むエンタメとして有名なのは『コックリさん』。これはとある筋の調査によれば実に国民の九割が耳にした事のある名称なんだ。起源は十五世紀ヨーロッパ。あのレオナルド・ダ・ヴィンチの著書にも記述があるらしい『テーブル・ターニング』が原型だ。うーん、筋金入りのオカルト遊びだね!」


 気温の上がりきった午後。七月とは言え夏本番を思わせる晴れた空の下を私たちは歩いています。近くまでは颯くんの運転する車で来たのですが、建物自体の駐車場は使用できないため、コインパーキングからは徒歩です。目的地はもちろん「乙女さんの占い屋敷」と呼ばれる街外れの洋館になります。

 そもそも今回の調査は、ピンク色の色鉛筆の話と、ここ数週間の間に街外れの古い洋館に出入りする人影があるお話、両方向から発生した調査依頼が「乙女さん」の存在を受けて合致したものでした。

 前を歩く勧修寺先生は上機嫌です。まるで跳ねるような弾む足取りとは対照的に、後から続く颯くんは上の空。いつもなら文句のひとつも差し挟もうかという場面ですが、先導されるままに足を運んでいるようです。

 先日の胡桃沢さんの言葉が頭を掠めていきます。


「知ってるか梅小路。颯少年は最近、都内某所で修行をしているそうだ」

「後輩が出来たから強くなりたいのだと」


 修行のことを、考えているのでしょうか。

 私の方はと顧みればあまり順調とも言えず。勧修寺先生の蔵書から参考になりそうな物を読んでみたり、陰陽師の中でも調伏の技術を持った方を探してみたりしている程度です。まぁそもそも学んだからと言ってすぐに何らかの術が使えるようになる訳でもないでしょうし、心身の状態を良好に保っておくのが大事……と言うのは、胡桃沢さんのかけてくれた言葉です。

 それでもやっぱり、前を歩く颯くんの背中を見ながら思います。私も強くなりたい、と。


「颯くんは、修行先をどのようにして決めたのでしょうか」

「なっ……胡桃沢さんか」


 一瞬だけ肩を跳ねさせた颯くんでしたが、少しだけ歩く速度を緩めてくれました。それを了承の意ととって横に並びます。少しの間黙って足を動かした後、無意識なのか「ねーちゃんが」と呟いてからハッとした顔になりました。


「実家の神社、紗也華さやかふだとかお守りとか作ってるだろ。それの師匠」


 烏丸からすま紗也華さやかさんは颯くんの実のお姉さんで、普段はご実家の烏丸神社で巫女さんをなさっています。とてもキビキビとした気持ちの良い女性で、冬にお邪魔した時に大変参考になるお話を伺いました。そのおかげで大きなピンチを乗り越えられたと言っても過言ではありません。

 たしか「この世界のすべては様々な縁で繋がっていて、意味のないことなんてひとつもない」こと。それに、その時に手渡されたお守りに施してあった紐の結び方が、結果的には私と颯くんを救ってくれましたっけ。


「では颯くんがいま習得しているのは、お札やお守り関連の技術なんですね」

「だな」


 確かに、普段から使役している侵入禁止や干渉禁止のお札が強い効力を持つのは分かります。他にもまだバリエーションがあるとも聞いてますし、それらを自由に使えるような力がつけば、怪異の調査にはかなり有効そうです。

 もし私に使えるとしたら……そう考えたのを見透かすように、颯くんが「あのな」とこちらを向きました。


「言っとくが、アンタには無理だ。確かに手先は器用かも知れねぇが、それとは方面が違ぇんだよ」

「そんな……」

「そっちに手ぇ出す前に、結界くらいまともに張れるようになるんだな」


 わぁ、とりつく島もないとはこの事です。なんて、若干面白おかしく受け止めていた私の心は、次の颯くんの言葉でまるで違う方向から凍りつく事になります。


「つーか、アンタしばらく八神の所に行ってきたらどうだ」

「……え? な、なんで今、八神さんのお名前が出てくるんでしょうか?」

「ずいぶんと腑抜けた顔してただろ」


 ……腑抜けた顔、ですか。少々の笑いを含んだ颯くんの言い草に何だか少しカチンときてしまったのは、私の気のせいでしょうか。


「颯くんこそ……颯くんの方こそ、胡桃沢さんとご一緒の時はかなり素直になりますよね」

「ぁあ?」


 思わず口をついて出てしまいましたが、でも……でも、これは常々抱いていた感想なので嘘ではないですし、ちょっと凄まれたくらいで撤回するつもりもありません。……ありませんが。

 鋭い目付きでこちらを睨んでいる颯くんとは反対側に向いてしまいました。こうすると視線が合いません……合わせたく、ない、気持ちです。

 颯くんの舌打ちの音を耳が拾いました。私に構わず歩調を早めた横顔を、思わず視界の隅で盗み見しました。意外にもそれは怒っていると言うよりも、どこか悲しそうに映りました。

 ……ずるいです、そんな、まるで傷付いたみたいな顔をするなんて。

 私は今度こそ泣きそうになってしまいながら、でも、二人の後に続くしかありませんでした。


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