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 私用のスマートフォンが着信を告げたのはそれからしばらく後のことでした。液晶画面に表示された名前に驚きます。ちょうど今朝、番号を交換したばかりです。


「……八神さんから電話です」

「は?」


 通話ボタンをタップしました。その途端、スマートフォンが震えんばかりのボリュームで御厨さんの声が聞こえてきて……あやうく取り落としそうになります。


「翠子ぉ! 大変なの! 早くこっちに来て!!」

「あのっ、御厨さんボリュームが」

「そんなのいいからっ! 廣太郎が大変なのっ! それにオフィスルームのドアが作動しないの!!」


 それは都庁のシステムに関する問い合わせなのでは。八神さんはどうしたのでしょう。それに、電話の向こうで何やらザワザワした気配がします。大勢の人がいるか、あるいは外からかけているような感覚。あ、お経みたいな声も。

 横から颯くんの手がスッと伸びて、スマートフォンのボリュームのボタンを何度か押しました。そうでした、物理的に下げれば良かったですね。


「御厨さん、オフィスのドアは都庁のシステム管理の管轄に内線してみたらいかがでしょう?」

「システム管理……そういうのいつも廣太郎がしてくれるから、わ、わからないぃ」

「泣かないで。落ち着いて下さい、深呼吸しましょう」


 なんとか御厨さんを宥めすかし聞き出した話によれば、例の曲に関する情報を集めていたところ、リーディングをしていた八神さんが突然眠ってしまったのだとか。幸いにも、八神さんは通話の最中に目が覚めて無事なようでした。


「ごめんね、翠子ちゃん。お騒がせして」

「いえ、ご無事で何よりです。でも、どうして急に眠ったりなんかしたのでしょう?」

「たぶん、防御システムが働いたと言うか……」


 八神さんはTSCの情報解析班に依頼を出しつつも、ご自分でも例の曲について探っていたそうです。

 最初にこの曲の怪異に言及し始めたアカウントを特定出来た可能性があると報告が入り、インターネットでもアクセス制限のあるエリア、一般にダークウェブと呼ばれるデータベースにアクセスを試みていました。そこでいくつかに絞り込まれたアカウントそれぞれにリーディングをかけようとした所、何らかの術式が働いてしまい、影響を避けるため咄嗟に眠ることで意識を落としたのだと言う事でした。


「これは手強いかも知れないねぇ」

「アカウントにアクセスする奴をどうにかする術式って、どうやって組むんだ?」

「間違いなく手練れがいますね」


 私たちはそれぞれに軽くショックを覚えました。普段私たちが術式や札を行使するのと同じように、何らかの方法を用いて何か悪いことを引き起こそうと企んでいる者のはっきりとした意思に、ここで初めて触れたのかも知れません。

 敵とは思いたくありませんが、異なる思想の持ち主と、交渉かそれ以外のものが必要になる。そんな想定が出来つつあります。


「とにかく、こちらで掴んでいる情報を共有しますね。メールしておきます」

「ありがとうございます。……どうぞご無理のないように」

「……心配してくれるんだ? 今度、甘い物でも食べにいこうか? あ、もちろん良かったら烏丸くんも一緒に」

「ぁあ?」

「ちょっと廣太郎! ナンパは後にして!」


 プツン、と通話が切れました。えーと。八神さんってこんな方でしたっけ。何やら計り知れないものを目にした気分ですが。肩を揺らす胡桃沢さんと、困り顔の先生と、ムッとしている颯くんと、困惑している私。部屋の空気はなかなか微妙なものになっています。

 数分後、職場のメールアドレスに八神さんからの資料が届き、私たちは気を取り直してそちらに目を通すのでした。



 *



一、通信販売情報誌「ほがらか生活 一九八〇年九月号」読者投稿欄


 先日、こちらの通信販売で購入した日除け付き帽子とサングラスを付けて、主人とドライブに出かけました。オープンカーの幌を開けて颯爽とハンドルを握る主人はまるで映画俳優のよう。うっとりしていると「君だって外国映画の女優みたいだ。サングラスが似合っててドキドキする」なんて褒められちゃいました!

 でも、途中立ち寄った直売所で地元の方の生産したお漬物なんか購入してしまう私達は根っからの日本人なのでした。少し聞き慣れない「御門漬け」はなかなかのお味。特別な水を遣って育てた野菜を霊験あらたかなお塩で漬けたとか? 素敵な農村の空気に触れて、リフレッシュ!

 日除け付き帽子のおかげで陽射しもやわらいで、良い休日になりました!



 *



二、某地方新聞タブロイド版 一九九〇年二月号「駆け込み寺一転、人身売買組織か!?」


 昨年末、人質監禁事件で世間を騒然とさせた宗教法人「安達ヶ原御門会」に一斉捜査が行われたのは記憶に新しいところだが、ここへ来て人身売買の噂が関係者の口から飛び出した。「居住しているはずの信者の名簿と、実際に保護・収監されている人数が大幅に食い違っている」と捜査関係者は語る。教祖である初代教祖から二代目への代替わりも近いとされ、先頃取り沙汰されていた政界参戦への糸口も掴みきれないまま、「安達ヶ原御門会」の激震は続く模様だ。



 *



三、ラジオ番組音声 二〇〇二年四月


 ナツイさんミシェルさん、こんにちは。いつも楽しく拝聴しています! 今日は、お二人に聞いて欲しいことがあってお便りしました。先日、子供が児童館で聞いてきたお話のことです。

 ある日、お寺の小僧さんが森の中で迷子になりました。日が暮れてきて、親切なお婆さんのお家に泊めて貰うことになりますが、実はそのお婆さん、山姥だったのです。

 小僧は命からがら逃げ出して、お寺の和尚さんに匿って貰います。和尚さんは山姥と知恵比べをする事にしました。「大きくなれるか?」「なれるとも!」山姥は岩のように大きくなります。「今度は小さくなれるか?」「なれるとも!」山姥は小さくなりましたが和尚さんは笑います。「わしならもっと小さくなれる。そうさな、豆粒くらい」「なれるとも!」

 小さな豆粒になった山姥を和尚さんはお寺の裏の丘に埋め水を遣りました。すると青々した目が出てぐんぐん育ち、たちまち大木になりました。丘にはみんなが集い、幸せに暮らしましたとさ。おしまい。

 ……って、聞いたことありますか? これ以来、子どもが豆類を食べようとしなくて困ってるんです! 何とかして下さーい!


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四、インターネット掲示板の書き込み 


日常に潜む不思議に震えちゃうスレッド Part.31

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60:名無しさんとトイレの花子さん 

2005/12/29 4:22:03 ID:xM08YPs8UD

 んじゃ、最近あった話。

 夏、図書館で借りてきた本に、小さいサイズのパンフレットみたいな薄い冊子が挟まってた。

 内容はスピ系って感じの、何とかの扉とかって名前のやつで。日々の行いで徳を積むと審判の扉が開いた時に浄土へ行けるとか、扉のある丘はもうすぐ天の地へ届くとか、その日に備えて祈りなさいとか。

 あと野菜とか水とかの通販も載ってた。

 いかにもカルトだなーと思ってそのまま本に挟んで栞として使って、挟んだまま返却したんだけど、あれって返却する時にカウンターの人が本をパラパラして点検するじゃん?

 何もなくそのまま「はいオッケーです」って返却完了したんだよね。

 あれー? と思ったけど俺も深く考えてなくて。見過ごしたんかな? くらいで。

 そしたらその日から変な夢を見るようになって。

 俺は畑を耕してて、汗かいて、手に豆作って、すごく疲れるんだけどそれが気持ち良くて。

 あー、今日も頑張れた、これで丘に入れる日も近づくな、ってホクホクしてて。

 そしたらあちこちから同じように畑を耕してた人たちが集まってきて、笑顔で「ご精が出ますね」「扉ももうすぐ開きますね」なんて会話しながら嬉しくなってて。

 みんなといっしょに丘の方を見ると大勢の人が立ってこっちを見ている。ニコニコしながら両手に靴を片方ずつ下げてる。真ん中にいるお爺ちゃんが異様に神々しいオーラなんだけどすごく優しそうで、幸せな気分になる。


 そこで目が覚めるんだけど、まだ同じ夢を結構な頻度で見てる。

 いつも同じ面子だからだんだん人の顔も覚えてきて、早くあの場所に行きたい気持ちになってて怖いんだよな。


61:名無しさんとトイレの花子さん 

2005/12/29 4:53:26 ID:Cy39EtuYSl

 黄泉の国?


62:名無しさんとトイレの花子さん

2005/12/29 4:58:14 ID:hkZu5xsJ7Z

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル



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五、2018年12月 個人ブログ「よーちんの気ままな日常」


 はいはーい、年末ですね。みなさまお元気でしょうか? 僕は実家の両親が亡くなって遺品の整理に行ったりなどしていました。あ、両親が亡くなったのは結構前なのでお気遣いなく!

 とにかくね、押入れの中に大量の紙袋とか何かの箱とかめっちゃあって、これ絶対「後で何かに使うかも」って取って置いて使わなかった系のやつじゃん! って思いながら大量廃棄してたら、これまた大量のVHSが見つかってげっそり。

 でもせっかくだからって茶の間のデッキにテープを突っ込んで中身を確認してみた訳ですよ。そしたら、幼い頃の僕が……うう、かわいい。めんこい。こりゃ両親も古臭いVHS捨てられなかったはずですよ。

 その中でちょっと気になったことがあってね。全然知らないじーさまに頭撫でられて笑ってる無邪気な僕と、ビデオ回しながら両親が「有難い、有難い」って言ってて。母親なんか鼻啜ってるんだよね。そんな泣くほど有難いじーさまなのかなと。誰これ、歴史上の人物?

 その後もじーさまはちょくちょくVHSの中に出てきて、僕は成長してるんだけどじーさまはあんまり変わらなくて、小学校卒業する年まで映像はある。僕はじーさまのことを「丘のお爺ちゃん」って呼んでて、じーさまも僕のことを「ようた」って本名で呼んでて……でもさ、悪いんだけど僕この記憶ないんだよね。何なんだろう。

 ちな、両親は中学入ってすぐに亡くなる。その後一回だけ、じーさまが「良かったな、ようたのお父さんとお母さんは救われたんだな」って言ってる映像があるんだけど僕は映ってなくて、代わりに僕の声で「はい、ありがとうございます。僕も扉を開けるように頑張ります」って心底嬉しそうに言ってる。

 何これ……?

 いや、ホントに記憶ないんだけど、もう両親もいないしウチって親戚も知らないから聞ける人いないんよね。謎のままだわー。

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