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八神さんの送って下さった情報を整理することにします。まず、あの曲の最後に聴こえた言葉とも共通する単語が情報の中に頻発するワードとして繰り返し出てきました。立ち上がって、先程のホワイトボードの先生が書いた文字の横に書き加えていきます。
「安達ヶ原伝説と言うよりは山姥の物語の亜種が出てきたね。あと、丘も気になるなぁ。こっち方面で丘って言ったらゴルゴタの丘しか思いつかないや」
「どう見てもカルト絡みかよ。厄介なことしやがって」
「安達ヶ原御門会は解散してたっけな」
一般的に見てカルト教団は解散後に新たな団体を形成する傾向がありますから、何らかの類似団体を立ち上げた可能性は高いと思います。これは調べたらすぐにわかりそうです。それに、安達ヶ原御門会に関しては一時期話題になったので特に詳しくない方でも聞き覚えがあると思います。
「たしか、拉致監禁容疑で教団の幹部の方が何名か捕まってましたよね」
九十年代の終わりに世間を騒がせた人質立て篭もり事件。それがこの団体の起こした事件です。人質と言っても信者である母親が子供を連れて教団の土地に移り、追いかけて来た父親が警察を呼び、扱いが人質立て篭もり事件になった経緯があります。
その際に連行された幹部の数名は後日不起訴となり釈放されていますが、悪評が広まってしまった為「安達ヶ原御門会」は解散となっていたような。
それから私達は、手分けして情報収集や解析などを開始しました。颯くんはヘッドフォンを付けて例の曲のフィルタリング解析を、先生は八神さんの情報に近い物や引き続き地名に関する解釈を追い、胡桃沢さんは関係各所での対応を探りに行き、私は安達ヶ原御門会のその後について調べていきます。
数時間が経って、少し気の滅入る情報にあたってしまい、気分転換にお茶など淹れようかと思い立った頃、同じタイミングでヘッドフォンを外した颯くんがグンと伸びをしました。
「……何か分かりましたか?」
「分かった、つーか。これ、かなりヤベェ作り込みされてる。まずボーカルは完全に合成」
「えっ!?」
「ベタだけど曲の中にモールス信号あるし、あと最後の童謡、霊的なものが見聞きできる度合いによって曲が変わるっぽい」
モ、モールス信号……。驚く私をよそに、颯くんが何度かマウスをクリックしてスピーカーから音を流します。軽快なリズム。可愛らしい歌声。やっぱり何度聞いてもとってもポップで素敵な曲に聞こえます。
「ここの低音部分の変拍子。いかにもだろ? これだけを抽出するとこうなって、フィルタ噛まして音を整えると」
最初は音楽の一部としか認識できなかった音の流れが、颯くんが手を動かすたび少しずつ装飾が外れていき、最終的には無機質な音の塊だけが残りました。確かにこれはモールス信号的です。
「に・は・い・れ・お・か、だね」
ひょいと顔を出した先生が事も無げに言って、また再びペンを手に取りホワイトボードに走らせます。先生くらいになるとモールス信号もお手のものですね。
「信号、ループされてた」
「と言うことは、区切る位置を変えて……」
書きかけた文字を消し、一瞬だけ止まった先生の手が再び動いてホワイトボードに新しく現れたのは。
「丘に入れ、と」
「丘? 安達ヶ原とかじゃなく?」
「……お・か、だねぇ」
「ここでも丘ですか……」
てっきり宗教の勧誘をしているのかと思っていましたが、それにしては抽象的な誘導の仕方です。ううん、と唸った勧修寺先生が、先程まで覗き込んでいたモニタを振り返ります。
「地名が変わることは往々にして起こり得ることでねぇ。例えば今回の『まじない塚』も、調べて行くうちに行き着いたのはこれ」
カチカチ、とクリックする音に続いて表示されたのは「祝塚」の文字。祝い、と読むのでしょうか?
「読みは『まじない塚』で変わりないんだけどこれはもう完全に当て字だよねぇ。漢字のつくりの部分だけ残して、へんを変えたんだ。これはしめすへんの旧字体なんだけど、ぱっと見で縁起が良さそうな気がするもんねぇ」
「ここまで強引に変えていいのかよ」
「いやいや、こんなの普通だよ。例えば新興住宅地にありがちな『希望ヶ丘』とか『こもれび台』とか、とても聞こえが良い爽やかな地名にはだいたい隠したくなるような旧地名があるものだよ。東北なんか鬼絡みの地名がいまだに多いらしいけど、鬼と言いつつ何を征伐してたのやら……おっと、話が逸れたね」
二十年ほどを経て話題になった曰く付きの曲。織り込まれた怪異。サブリミナルとも言える手法で込められた穏やかではなさそうなメッセージ。各所で見られる丘や扉の話。いったい何が起きているのでしょうか。それを解く鍵が、私の調べていた事柄に繋がるのだと思います。
「私が追っていた情報は、SNS上で『とある水を飲んだらかごめかごめと最後の声が聞こえるようになった』という投稿が散見されていまして」
先生がガタリと椅子を鳴らして立ち上がりました。そうでした、先生は童謡も、もちろん曲の最後の声も、聴こえていないのです。ただそれは先生のご兄弟の干渉によるものなので、この場合は例えその水を口にしたとしても聴こえるようにはならないと思います。
「おい先生、座れよ」
「きょ、興味深い話だ!」
服の背中をガッシリと掴まれた先生がやや乱暴に座らせられました。今のは首が締まっていなかったでしょうか。気を取り直して話を続けます。
「その水の販売元として紹介されていたのが、最近台頭し始めたカルト教団の『祈里の扉』です」
私はホワイトボードに漢字で「祈里の扉」と書き、「いのり」と振り仮名をふりました。ここでも強引な当て字です。
さて、この「
「まぁよくある話だね」
「近年は自然食品や環境保全などで信者を取り込んでいるようですが、そのひとつである『保祷水』と言うのが、飲むとかごめかごめが聴こえるようになるとされています」
教団はあくまで「自然の暮らし」を掲げてはいますが、その実、怪しげな水は売ってますし、入信者に私財を手放すよう勧めています。カルト教団と呼んでも差し支えない類かと思われます。
「そして最近まで謎に包まれていた教祖についてです。文化庁のデータベースを参照したところによれば、『祈里の扉』として活動する前の『安達ヶ原御門会』から教祖は同じ家が担う世襲制を取っているようです。現在は三代目への代替わりを控えていまして」
人質立て篭もり事件の数年後、「祈里の扉」が出現した時期と、例の曲がヒットした時期は合致します。恐らくその頃に二代目への代替わりがあったのでしょう。
さてこの人物。教祖としての名のほかに当然本名があります。
「一連のカルト教団を創設した教祖の名前が分かったのですが……代々『光芒』と名乗っているその教祖の、本名が……」
思わず口籠もると、二人は顔を見合わせてから、それぞれ不思議そうな目を向けました。私は、ゆっくりと息を吸い、吐き出し、それから顔をあげます。
「梅小路、です」
「……は?」
「現在の教祖は恐らく二代目で、名前は梅小路
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