2-6
小雨交じりの冷たい風が吹きつけています。日没までは間があるはずなのに辺りはいつの間にか薄暗くなり、聳え立つ観覧車の姿をより一層、不気味な雰囲気に仕立て上げています。園内に入る前に耳にしたキイ、キイ、という音は観覧車が発信源で、古びたゴンドラが風に煽られるたびに、悲し気な悲鳴をあげていたのでした。
「落ちてきたりしないわよねぇ?」
「流石にそれは無いんじゃないかな」
「えーと、ゴンドラ内部を確認したいわけだから……とにかく電源を入れたいんだよね」
電気系統の図面を指で追いながら先生が唸ります。覗き込んで見ると、どうやら園内のお土産物売り場だった施設の裏に、配電設備があるようです。
一人で行って来ると歩きかけた先生でしたが私もご一緒する事にしました。何か起きた場合には微力ながらお役に立てるかも知れません。それに、またおかしな拾い物をされても困りますので。
先生と私は、かつて噴水があったであろう円形の建造物の横を抜け、立ち枯れたヤシの木を通り過ぎました。電源の落ちた自動販売機が残されたままのスナックコーナーの横にピンクと水色と白の朽ち果てた幌の下がった建物があり、近づいてみると「スーベニアショップ」と書かれているのが読み取れます。
「これがお土産物屋さんですね」
「となると、裏が配電設備だ。どれどれ」
回り込めば、「電気設備」「従業員以外立ち入り禁止」のプレートが張り付けられたままの扉があります。建物の横には紫陽花が植っていて、朽ちた風景の中にあっても生き生きと薄紫色の花を咲かせています。
お借りしている鍵束を見てみると、中に「配電」の文字が書かれたプレートが付いたものがありました。これですね。
銀色の鍵を差し込むと、少し引っ掛かりはあったものの、ちゃんとノブが回り戸が開きました。当然ですが中は暗く、一旦、先生の鞄の中にある懐中電灯を探す事になりました。
「えーと、さっきのお化け屋敷で使ったから……落としたりしていなければ……ある、はず……」
背中で先生の声を聞きながら、ふと、お土産物屋さんの窓ガラスを覗き込みました。中は真っ暗ですが、仄かな夕暮れの光で手前に置かれた物が目に入ります。閉園の時に完全に撤去されなかったようで、こちらには来園記念の手作りお土産コーナーが取り残されているようです。……って、これは。
「先生、土鈴があります!」
「何だって?」
わずかに残されたお土産物の列は、先ほど幾つか目にした土鈴と同じテイストのものです。どうやらここで買い求めた物でしょうか。
説明書きによれば、好きな土鈴を選び、鈴と、願い事を書くメモを中に入れて蓋をする、セミハンドメイド形式です。
「この遊園地に何度も来ていたんですね」
「ふぅむ、なるほど。どうやら単に呪をかける目的じゃ無さそうだ。となると……」
腕組みをして考え込む姿勢を解くと、また再び、今度は懐中電灯を手に配電設備へと入って行きます。私は慌てて先生の後に続くことにします。
中は暗くて狭い空間でした。先生は戸の上に設置されたブレーカーに手を伸ばすと、ひょいとレバーを上げます。こんな時、背が高いと便利ですね。壁のスイッチを押すと室内灯が点いて、どこからかブゥンと空調のモーターの唸る音がし始めます。
「システムはまだ生きていそうだね」
ふむふむ、と数か所を確認した先生はゆっくりと操作パネルを眺め、それから徐に手を伸ばし、確かめるように幾つかのスイッチを操作していきます。ほどなくモニタが点き、ランプが点灯し、ファンの回転音が耳に届きました。先生は、モニタに表示された英文の内容を読みつつ、キーボードを使ってカタカタと文字列を打ち込んでいきます。
「梅小路さん」
その手元をぼんやり見守っていると先生が振り返りました。モニタからの光を受けて銀縁の眼鏡が逆光になっているので、表情が全く読めません。
「は、はいっ」
「外を、見てくれるかい?」
「……外、ですか?」
配電設備の戸から私が顔を出したのと、先生がエンターキーを押下したのは、きっと同じタイミングでした。
パチリ。
小さな音が背後で響いてから数秒後、遠くで何かが明滅したと認識した次の瞬間、私は思わず声をあげました。観覧車の明かりが、一息に点灯したのです。
「わぁ……きれい……」
「ふむ。成功したみたいだね」
重く垂れ込める曇天の下、ゆっくり、ゆっくりと、観覧車は回転を始めています。キイィ、キイィ。思いのほか派手な音が鳴っていますか大丈夫でしょうか。と言うか、これを稼働させる許可とか、実はいるのでは。
不安になったのを見抜いてか、先生が口を開きました。
「梅小路さんは大丈夫だよ。怒られるのは僕の役目だからね」
悪戯っぽく瞑ってみせるレンズ越しの目元はとてもお茶目ですが、怒られるのを織り込み済みで作戦を立てるのってどうなんでしょうか。きっと颯くん辺りも怒るんじゃないかなって思いますが。
さて、その颯くんや御厨さん、そして八神さんは、今ごろ観覧車の中の落書きやその他の手がかりを探してくれているでしょう。私たちも戻って探さなければ。そう思って先生を見れば何やらキョロキョロと落ち着かない様子です。何かを探している、そんな風に見えます。しばらくそのままで辺りを見回していた先生は何かに納得したのか、ふわりと視線をこちらに向けました。
「梅小路さん、さっき、八神くんのことを羨ましいって言っていたけれど」
「あ、はい、お恥ずかしいです」
「それなんだけどね。もし自分の能力をしっかりと把握したいってことだったら、TSCの分析チームに僕が頼んでもいいんだよ」
分析チーム。やはり、そういった専門性の高いチームが存在するのですね。それならばと意気込みかけた私ですが、次の先生の言葉でまたポカンとしてしまいます。
「ただ、ねぇ。僕は推奨しないかな。ここまで過ごしてきた感じ、梅小路さんの能力はとても変動率が高いものだし、それに、これは誰にでも言えることだけど……自分が何者かなんて完全に分かってしまったら、それはそれで可能性を狭めるとは思わないかな」
未知の部分があるからこそ発生するものもある。それは確かにそうかも知れません。どうにも悩ましい話ですが、「おい」と聞き慣れた声が降ってきて顔をあげれば、いつの間にやって来たのか颯くんが立っています。その向こうには遅れてやって来る御厨さんと八神さんの姿もあります。
「どうやらおいでなすったぜ」
「おやおや、お早いお着きだ」
二人の視線の先には、ぽつりと佇む人影がありました。彼の視線は完全に観覧車に固定されてて、私たちに気付く様子はありません。
「
颯くんが大きめ声で呼びかけると、ピクリと、その肩が揺れました。こちらを向いた人物は高校生くらいの男の子です。事前資料で目にしましたが中薗という苗字はこの遊園地の創設者一族のもの、ひいては、ここを訪れる際に乗車した私鉄の経営者一族の苗字になります。
「アンタがこの遊園地に忍び込んで土鈴を置いた。だろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます