2-5
制御室から出ると、ちょうど先生もお化け屋敷の探検から戻って来るところでした。よっぽど楽しかったのでしょう、照明が暗い中でも頬を上気させているのが分かります。が、それ以上に気になる事が。思わず颯くんと顔を見合わせて、二人同時に先生に詰め寄ってしまいます。
「先生、もしかして何か拾いましたか?」
「……えーと……」
「隠し通せるとでも思ったか?」
「いや、あのー……ねっ?」
「ねっ? じゃないです。出して下さい」
「オラッ、ポケットの中のもん出せよッ!」
それじゃあカツアゲですよ颯くん。と突っ込みをするまでもなく、渋々といった様子で先生が上着のポケットから取り出して見せたもの。それは禍々しい黒い煙状の呪を纏った小振りの折り畳み傘でした。正直、このままの状態では傘を開くのも危険を感じるほどの黒い煙を上げ続けています。
「いやぁ、何で閉園した遊園地にこんな物が? と思ったら、つい拾っちゃったよねぇ」
あはは、と頭を掻く先生のお尻を軽く蹴った颯くんですが、呪物に対する反応の速さはさすがのプロです。手早く結界を張ってパッキングを済ませて下さったので、その中で傘を開いてじっくりと観察する事にします。
折り畳み傘のサイズは成人のものですが、猫を模したデザインからしてそう年齢は高くなさそう、漏れ出ている黒い煙からは悲しみと悔恨の情が感じ取れます。
「もっと具体的に読み取れたら良いのですが……」
「あぁ、それなら八神くんだね。彼はリーディング能力の持ち主だから」
「お呼びですか?」
ひとつ声が混ざり驚いて顔をあげれば、私のすぐ後ろ、肩がぶつかりそう距離に八神さんの姿がありました。思わず「わあっ!」と声が出てしまいます。
八神さんは少し首を傾げながらニコリと微笑みました。しゃらり。チェーンの鳴る音がやけに鮮明に感じます。
「遅いわよっ! 待ってても来なかったから、迎えに来てあげたのよ? 感謝してよねっ!」
「……何かあったのかって心配してたの、エリィじゃなかったかな」
「廣太郎は黙ってて!」
ふん、と腰に手を当ててひとしきり吠えた御厨さんが、輪の中に加わります。途端に顔を顰めました。
「イヤねぇ、凄い負のオーラ!」
「相当屈折した気持ちが籠ってる。少し、詳しく読もうか」
「お願いします!」
八神さんのリーディング! 自然と両手が握り拳を作ってしまいましたが、八神さんはわずかに眉を上げて、それから小さく笑います。柔らかな笑み。きっと普段から御厨さんに向けているのと同じ質のものでしょうけれど、何だか少し、ホッとするような気持ちになります。癒し系とはこんな方の事を呼ぶのかも知れません。
「僕の能力はリーディングと言って、対象物から、その持ち主が物に触れていた時の姿を、読むことができるんだ」
「す、すごい。ご自分の能力のこと、そんなにハッキリと分かっているんですね」
「え、そこ?」
キョトンとした顔で驚かれてしまいましたが、自分に何が出来るのかをいまひとつ把握し兼ねている私としては、羨ましい話です。
「ちょっとお、説明はいいから早くしてよね廣太郎!」
「はいはい、仰せのままに」
御厨さんの声におどけて一礼をしてから、改めて折り畳み傘に向き合い、両手を翳して目を閉じます。エネルギーの交流。パワーの行き来。何と呼んだら良いのでしょうか。八神さんの手のひらと折り畳み傘との間に、陽炎のような不定形の流れが現れました。
しばらくそのポーズを続けた後、両手を耳元へと移動しました。シャラリ。ピアスから下がるチェーンが鳴ります。アンテナのようにすぼめた手のひらで、集めた声なき声を聞くようにしてから、八神さんは静かに語り始めます。
「いくつかある……家族で遊びに来て……園内の土産物屋で、さっきのと似た人形を買って……また別の日、雨の中を恋人と遊びに来て……観覧車の中に、落書きをしている姿が見える……相合傘……」
ぽつりぽつりと口を開く八神さんの額に、だんだんと汗が滲んできています。これはかなりの集中を要するのでしょう。
「……雨の晩、一人でここに来ている……あぁ、さっきの人形だ。……彼は乗り場から乗り場へと移動して……人形を……あ、ダメだ。傘を落としたね。この傘から読めるのはこれまでかな」
額に浮かんだ玉のような汗をポケットから取り出したハンカチで拭って、ひとつ大きな息をつきました。大変そうですが、これで、沢山のことが分かりました。でもそうなると、犯人が子供という事はなさそう。土鈴から感じた子供の手触りと矛盾してくるのですが……。まだまだ謎が多そうです。
「観覧車の中の落書きって、まだ残っていますかねぇ」
「なるほど。相合傘の名前を確認すれば、或いは」
「そんな事よりDNA鑑定すれば良いんじゃない?」
「それには少し時間がかかるからねぇ」
口々に言い合いながら、私たちは観覧車がある園内中央へと移動することにします。さっき御厨さんと八神さんで制御盤の確認はしてくれたそうですが、特に何も見つからなかったのだとか。さすがに観覧車の内部は調べられていないので、これから捜索が必要でしょう。
「それにしても烏丸くんの結界は安定していて品質が良いね。うちのアイテム班にも見せたいくらいだよ」
「アイテム班、ですか?」
八神さんがポケットから四角いケースのような何かを取り出して見せてくれます。プラスチックにも見える艶のある塊は、手のひらに乗る程のサイズで、何やら不思議な気配がしています。
「このキューブを叩きつけるのよ! そうするとあら不思議、あっという間に結界が展開されるの」
「えっ、そんな事が!?」
「ふふん、凄いでしょう?」
この四角いキューブの中に結界が収まっているなんて。しかも、そんなお手軽に展開できるとは。それが本当なら夢のようです。
組織的に細分化されているとは伺っていましたが、こう言ったものを専門的に請け負う役割があるのですね。他にはどんな物を作り、どんな担当があるのでしょう。少し、気になります。
「ただし、これは簡易的な物だからね。烏丸くんの結界ほど頑丈ではないんだ」
「あんな苔の生えそうなお札なんか使うよりもよっぽどスタイリッシュよ!」
「こらエリィ」
怒り出すかとこっそり颯くんを伺うと、意外にも澄ました表情です。
「使えなくはねぇよな。時と場合にはよるけど」
穏やかな受け答え。意外に思ってしまいましたが、でも、別に対立している組織という訳でもないのですから、これが同業者としては普通のやり取りなのでしょう。
こんな事を思っている場合ではないのかも知れませんが、私は楽しさを感じていました。
単に様々な能力を持つ人たちが一堂に会している事への嬉しさと、新たな力の使い方をここ数日で立て続けに見せて貰えたこと。そして、実家にいた頃は「口を閉ざすべき」とされた視えるという事実を、こうしてごく普通に共有していること。仲間がいる。それはなんて心強く、有難い事なのでしょうか。
私は口元が緩んでしまわないように、お腹にキュッと力を入れました。その横顔を見ていた颯くんが何を考えているのかも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます