2-4

 調査は遊園地を幾つかのゾーンに分けて、北と南から二班がそれぞれ行う段取りになりました。そうすればちょうど中央で合流できるという手筈です。

 私は前を歩く颯くんの背中にかける言葉を探しながらトボトボと足を運びます。さっき御厨さんの言った言葉が、頭から離れていかないのです。

 両手で地図を広げて先導する先生の足が止まりました。目的地のローラーコースターは既にレール部分のみになっていて、乗り物は取り外した上で処分されているはずですが、ここからコースターの走行音と悲鳴が聞こえると言う曰く付きの場所です。


「とりあえず発着所を調べようか」

「だな」


 看板が取り外されたコースターの発着所の中に二人の背中が消えていきます。

 洞穴のようにぽっかりと開いた暗がりには、かつて大勢の人で賑わっていた名残と言いますか、人の思念の残滓が感じ取れます。こういうものは通常、例えば人々の記憶からこの遊園地の存在が薄れるにつれて消えていくものですが、ここではまだ鮮明に感じ取れるので……確かに、何かおかしな事が起きている状態です。


 ワァァ……


 唐突に上空から大勢の人の声がしました。降り仰いでもそこには錆びたレールがある他には何もなく、にも関わらず、ゴオ……とコースターの走行音が耳を掠めていきます。

 私は少しだけ迷ってから、発着所の暗がりの中へと足を踏み入れました。


 先生と颯くんしか居ないはずの空間は、たくさんの人の気配に満ちています。プラットホームで順番待ちをしている行列。見えないけれど、何となくそれがある事が分かります。


「凄いですね、ここ」

「どっかに呪物あるな」

「そうだな……コースターを操作したい訳だから、あるとしたら……」


 呟きながらふらふらと歩き出した勧修寺先生がプラットホームの先で何かを指さしました。


「操作盤、か」

「なるほど!」


 ローラーコースターの発着をコントロールする操作盤に何かが施してあれば、見えないコースターが動いても納得できます。

 パッと見てコントロールパネル自体には何もなさそうでしたので、私たちは操作盤の前にしゃがみ込むと、下にあるボックスを開けることにしました。

 颯くんが手をかけると錆びの浮いた戸は意外にもすんなり開き、りん、と鳴りながら中から転がり出て来たのは。


「……招き猫?」

土鈴どれいだね」

「奴隷?」

「土で出来た鈴と書いて、土鈴だよ。本来的には魔除けとか、お守りとか、縁起物になるはずなんだけどねぇ」


 手作り感のある土鈴は所々の絵の具が剥げ、部分的にカビも生えており、見るからに縁起ものとは逆の位置づけになりそうです。おまけにこの、呪物特有の黒い煙を纏っているところからして間違いない予感がします。何か、この土鈴から読み取れるものはないかと眺めてみましたが、わずかに誰かの手触りがしただけで、はっきりとしたことは分かりません。

 私たちは、土鈴をとりあえずの結界でパッキングしてから次のアトラクションを目指すことにしました。

 それでは、練習も兼ねて私が結界を張らせて頂きます。まずは床に置いた土鈴に向き合いまして、結界札を翳し、透明な箱をイメージして……。


「固定」


 ここを出発点とします、と宣言。それから両手のひらを合わせて、イメージ上の箱の輪郭をなぞるように、ゆっくりと、ずらして。


「展開」


 パタリ、パタリと結界札サイズの領域を広げていき、周りを囲って一周させたら。


「包囲」


 今度は上下に、均等に……均等に……なりません……。難しいですが、なんとか包むことは出来ましたのでホッとします。結界が完成すると同時に、耳に届いていたざわめきの圧が抑えられました。完全に消え去らないと言うことは、どうやらこちらの呪物は増幅器の役割を果たす物という事になります。

 あらためて見ても、私の張った結界はあまり頑丈とは言えません。それでも、呪を遮ってはいるので、少しずつ上手く出来るようになっている……と思いたいです。


「……へなちょこ」

「ですよね……」


 横で見守っていた颯くんが堪えきれないといった態で肩を揺らし、それでも「あん時のヤツよりはマシ」と言い置いて歩き出します。以前に、廃屋の中で張った結界がものの数十秒と保たなかった事を思い出しました。情け無いけれど、確かにアレよりは……。どうにか上達したい気持ちを再確認しながら後ろ姿に続きます。


 次の目的地はメリーゴーランド。取り残された乗り物から声がする、という話ですが……案の定というか、近寄るに連れて馬の嘶きが聞こえてくるので顔を見合わせました。


「安直じゃねぇ?」

「呪物、かなりお若い方が置いたかも知れませんね」


 やはり操作盤下のボックスの中から出て来たのは馬の形をした土鈴。これは干支の種類の馬ですね。比較的手に入り易そうです。こちらも何か読み取れないかと矯めつ眇めつしてみましたが、あまりヒントは無さそうです。りん、と音を出す鈴のほかにも呪符か式神か何かが入っていそうな手応えはありますが、土鈴を壊してみない事には何とも言いようがありません。

 そうこうしているとTSCのお二人から連絡が入り、先生によればあちらも順調に呪物の発見を進めているようです。


「操作盤下のボックス、やっぱり簡単に開くらしいよ。怪現象は結構前からみたいだけど、これが置かれたのは最近の事だろうね」

「愉快犯でしょうか」

「さてね。案外と関係者筋かも知れねぇな」


 なるほど。再開発の話が出たタイミングと近いのも気になります。


「次はお化け屋敷だ!」


 先を歩く先生が振り返って嬉しそうに告げます。そんな、いかにもな物がありましたか。

 お化け屋敷にももちろん制御室があるでしょうから、そこを目指して行けば良さそうです。館内マップがあると便利なのですが……とりあえず、入り口から中を覗き込んでみます。やはりここにも、大勢の人が並んでいる気配だけが満ちています。


「さすがに不気味ですね」

「ううーん、ワクワクしてしまう」

「おい先生、入るな」


 颯くんの静止を聞かずにふらふらとお化け屋敷の見物を始めてしまった先生ですが、閉園した遊園地のお化け屋敷なんて環境に来たら、これは仕方ない気もします。足元にはレールが走っている事から、どうやらライドに乗って巡るタイプのようです。

 特に怪異には遭っていないのですが、ここも調べてみた方が良さそうです。


「操作盤、無いな」


 ライドの発着所の空間に操作盤が見当たらないので辺りを見回してみると、二つほど扉が目に付きました。近寄ってみると一つはスタッフルーム、もう一つは制御室のプレートが貼ってあります。ドアノブに触れてみると鍵はかかっておらず、これも簡単に開くことができました。

 今度は操作板の横に置かれたままの性別不明の子供を模った土鈴。手に取ってみると、これを作成した子供の思念がほんのり感じられましたが、そこまで悪意のあるものでもなく、首を傾げるばかりです。


「ここまで簡単に見つかるってことは、本当に子供の仕業かもな」


 結界でパッキングしながら颯くんが呟いて、私もその可能性が高いように思いましたが……子供が閉園した遊園地に忍び込むなんてことあるのでしょうか。可能性としては、これを作成した子供と園内に施した人物が別々に存在している、といったあたりです。

 それと、さっきからもう一つ、ずっと気になっている事があります。ちょうど先生の姿もない事ですし。あの、と私は口を開きました。


「颯くん、御厨さんのフェアリーを祓おうとしたって本当のことですか?」


 結界を張り終えた颯くんはそれを点検しながら、片手で髪をくしゃくしゃとかき混ぜます。


「代々伝わるフェアリーだか何だか知らねぇが……アンタも視ただろ」


 私は黙ったまま、でも頷きます。

 フェアリーは鱗粉を纏っているように見えていましたが、あれは鱗粉ではなくて、エネルギーの塊のように見えました。そして、その源は。


「アレは、御厨の生気を吸収して活動するあやかしだ。……憑いてんだよ、アイツの家系に」

「それって、かなり危険なのでは」

「奴らも宿主をまざまざと死なせたりはしねぇよ。ただ、長く生かす代わりに、永く寄生して、時間をかけて吸い尽くすんだろうよ」


 ぞくりと悪寒が走りました。表現がとても怖いように思います。私はほんの少しだけ無理をして、顔に笑みを貼り付けました。けれど、それも徒労に終わるのです。


「吸い尽くすって、そんな、大げさな」

「いや。奴らが吸ってるのは間違いなく、宿主の魂だ」

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