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 電車を乗り継ぐこと二時間弱。降り立った私鉄の駅は閑散として、だだっ広い改札口だけがかつての賑わいを残すようです。時折、風が吹く度にどこからか鳥の鳴くようなキイ、キイ、という高い音が耳に届きました。これは何の音でしょうか。

 駅から数分の距離にある厳重に閉ざされた鉄の柵は、有刺鉄線が何重にも巻かれ、バリケードと呼んでも差し支えのない風体をしています。錆が浮いた南京錠に鍵束から選んだ鍵を差し込むと、なんとか開錠することが出来ました。ひとまず、中には入れそうです。


「さっさと終わらせて飯でも食いにいこうぜ」

「賛成です。今日は特に寒いです」

「梅雨寒か。おでんなんてどうだい?」


 職業柄、普段からこうした心霊スポットじみた場所へ足を運ぶ機会は多いものですが、さすがに今回はそぼ降る雨が不気味さに拍車をかけるようで、おどろどろしく感じます。この場所は、かつて大勢の家族連れやカップルが訪れたであろう遊園地。閉園から十年以上が経過した今はもう、その影もありません。


「おでんか……悪くねぇ」

「決まりだね」


 私たちは誰からともなく明るめの話題を選んでいたかも知れません。寒さは、人を不安にさせるものなのです。


 東京・スピリチュアル・カウンシルのお二人との再会は、思いのほかすぐに訪れました。閉園になった遊園地を再開発するために調査をしたところ、何らかの怪異が発生していることがわかったそうで、この遊園地の創設者である中薗なかぞの家から今回の依頼となった訳ですが。正門から入園して少し移動した辺りで、私は見覚えのある二人組を発見しました。


「あれ……御厨さんと八神さんでは?」

「うわ。あいつらも居んのかよ。最悪」

「うん、今回は敷地が広いからねぇ。TSCと合同だって話だよ」


 なるほど。それであのお二人がいらしてるのですね。

 御厨さんと八神さんは、放置されたままの幼児用の乗り物を覗き込んでいるようでした。ふとした瞬間に御厨さんの手元に光が見えますから、どうやら早々にフェアリーにも協力してもらってるのでしょう。


「何だよそれ。おい先生、聞いてねぇぞ」

「あはは。今思い出したんだよね」


 こういう時の先生の言葉の真偽のほどは不明です。もし先に合同である旨を知らせていたら……まぁ、来ないということもないでしょうけれど、颯くんはいい顔をしなかった筈ですから。ここへ来るまでに既にひと悶着あってもおかしくありません。

 と、そんな事を考えていたら眼鏡の奥から何やら意味ありげな目配せをなさっています。さて、これは。

 合同と言うからには連携を取った方が良いのでしょうけれど……そう思って颯くんの方を見れば、既に背を向けて歩き出しています。ああ、なるほど、これは困りますね。


「ちょ、ちょっと颯くん! 待って下さい! 作戦とか、立てた方が良いですって!」

「ばか! でかい声出すな、気付かれる!」

「誰に気付かれるんですって? 烏丸颯!」


 予想よりも早いタイミングで少し驚きましたが、これは若さのなせる技でしょうか。いつの間にかすぐ近くに立っていた御厨さんが颯くんをキッと睨みつけています。遅れて八神さんが駆けてきます。


「翠子ちゃん、お疲れさま」

「八神さん、お早いお着きでしたね」


 相変わらずたくさん着けたピアスからチェーンの揺れる音がしました。ブラックスーツを身に纏い穏やかに微笑む八神さんの能力についてはまだ伺っていないのですが、きっと今回でそれも明らかにされるでしょう。

 それにしても、いつの間に名前で呼ばれるようになったのでしょうか。ニコニコと穏やかに微笑む八神さんですが不思議な押しの強さがあるようです。でもまぁ、そのくらいの持ち合わせがないと御厨さんとのペアは成り立たないのかも知れませんが。


「正門の鍵はそちらで持っていたんですね」

「……お二人はどこから入られたんですか?」


 疑問を受けて、御厨さんがふふん、と笑いながら腰に手を当てました。


「やっぱり情報収集が甘いわね、浄化室は。ここは廃墟マニアの間では有名な心霊スポット。抜け道のひとつやふたつ、TSC解析班にかかればお手の物よ」

「あーあー、うるせぇ。とっとと終わらせようぜ」


 それから、勧修寺先生と颯くん、そして八神さんの間では見取り図を広げての作戦会議が行われています。私と御厨さんは子供用遊具を調査しているフェアリーの様子を眺めながら待つことになりました。


「……ちょっと。今日は巴様は来ていないの?」

「胡桃沢さんなら会議があるので今回は遠慮すると仰ってましたよ」


 言いながら、もしかしたらこれは言い訳だったのかもと思い当たります。

 何しろ、御厨さんはあからさまに表情を曇らせて「巴様にお会い出来ない合同調査だなんて」と呟いているのですから。これだけの勢いで、見る限りは一方的に心酔されていたら、胡桃沢さんと言えど逃げたくもなるでしょう。


「巴様はアストラル界の女神から加護を受けているの。だからエーテルも美しいでしょう?」


 ……分からない用語が出て来ました。いわゆるスピリチュアル系なのは何となく察知しましたが。

 私の様子から混乱を読み取ったのか、御厨さんは小さなため息を吐いてから、また視線をフェアリーの方に戻しました。


「巴様はね、前に私が迷子になっていた時に助けてくれた恩人なの。とても優しくて、強くて、憧れの人よ」


 遊具の間を擦り抜けて飛んでいたフェアリーが、ゾウを模した滑り台の一端に止まりました。元は可愛らしかったでしょうゾウは塗装も剥がれ、どこか痛々しく見えます。私はフェアリーの羽を注視しました。鱗粉なのか、美しい粉状の何かが、周りを囲うように浮遊しています。

 御厨さんが口にした迷子という単語が物理的なものを意味するのかは計りかねますが、胡桃沢さんが優しくて強いというのはとても良く理解出来ます。


「それに引き換え烏丸颯! アイツは野蛮で最低な男よ!」

「そんなに言うほどでは……」


 確かに、今日も治安の悪そうな服装はしていますし、ぶっきらぼうで目付きも怖いですし、言葉も強いですが、そして偶に暴力的になることも無くはないですが……あぁ、フォローがとても難しいのですけど。でも、それでも颯くんは御厨さんの言うような「野蛮」には該当しないと私は思います!

 何とかフォローをするべく口を開きかけたタイミングで御厨さんの発した言葉に、私は今度こそ黙り込んでしまいました。


「いいえ、ダメよ。アイツは……烏丸颯は、私のフェアリーを祓おうとしたんだから」

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