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「まぁまぁ、二人とも座ったらどう?」
椅子を勧められたお二人は顔を見合わせましたが、御厨さんはどうやら座らないようです。男性の方は片手で椅子を引くと軽く頭を下げて座りました。ポケットから出したハンカチで額の汗を拭う姿に親近感が湧きます。
「梅小路さん、こちらは東京都の管轄で僕らがしているような浄化をしている方たちだよ」
「勧修寺さんはしてないでしょ」
「おや、手厳しい」
「こら、エリィ!」
あははは、と笑ってみせる先生に対して、御厨さんはどこか棘のある笑みを浮かべています。意地悪な表情ではありますが、本当にお人形さんみたいです。また再びこちらに向き直ると、ふふん、という感じに笑ってから口を開きました。
「
横文字です。「対怪異浄化情報収集室」よりも、だいぶ格好が良いように感じます。それにしても都の管轄でも同じような組織があることは初耳でした。
「あ、梅小路翠子と申します。あの、ご同業の方々とお目にかかるのは初めてです。宜しくお願いし」
「ちょっと! ご同業? 冗談じゃないわ。こんなカビの生えたような部署と一緒にしないでよね。私たちはもっと、細かく組織化されたシステマティックなムーブメントなの!」
「すみません。ちょっと語弊はありますが、僕らTSCはこちらの浄化室よりはメンバーも多いんですよ。だから、役割が細分化されているのは事実です」
八神さんが取りなすように口を挟み、それに対して御厨さんが不満げに頬を膨らませます。どうやらこのリズムがお二人のペースのようです。
御厨さんはさらに一歩私の方に近づくと、じっと眼の中を覗き込みました。灰青色をした不思議な色の瞳に吸い込まれそうになります。
「……あなた、何か変ね」
「失礼だろう、エリィ。言葉を選びなさい」
「だって。廣太郎もわかるでしょう? この人、何か匂うわ」
さっき食べたたい焼き、ではなくて。恐らく呪の事を仰っているのだとは思うのですが、これは、説明しても良いことなのでしょうか。自然、颯くんの方に目線が向いてしまいます。苦虫を嚙み潰したような表情で成り行きを見守っていた颯くんは、私と視線がかち合うと、面倒臭そうに一瞬だけ目を瞑りました。
「おい、他人に物を尋ねる時はまず自分からって教わってないのかよ」
「うるっさいわね烏丸颯!」
「まぁまぁ、エリィ。でも、烏丸くんの言うことにも一理あるよ。見せてあげたらどう? 梅小路さんは視える人のようだし」
「はぁ。仕方ないわねぇ」
外国の映画で見るような、両手のひらを上に向けるリアクションを流暢にとってから、御厨さんは胸元に下げている十字架のチャームを両手で包み込み、目を閉じます。数秒の後、組み合わさった両手の隙間から光が漏れ始めました。
「……おいで」
御厨さんが何事かを呟くと光の強さは増し、一際強く発光した次の瞬間、私達の目の前には羽の生えた小さな人影がふわふわと浮かんでいたのです。
「凄い! これって……妖精、ですか?」
「そうよ。私のグランマはイギリスの有名なメディウムなの」
「えーと、メディウムって言うのは要するに霊能者とか、そういった存在です」
八神さんがこそっと解説してくれました。助かります。
「このペンダントはエヴァンズ家に代々伝わる由緒正しきチャームなの。私達一族はこのチャームを通じてフェアリーと契約をしているってわけ」
ふと、疑問が頭を掠めます。先ほど、御厨さんたちがいらっしゃる前に勧修寺先生が「お手本になる人に心当たりが無いわけじゃない」とお話していました。御厨さんはペンダントのチャームを通じて妖精と契約を交わしていると仰いましたが、これは見方を変えたら、ペンダントチャームの付喪神を調伏し、使役している……という事にはならないでしょうか。
はっとして先生の顔を見れば、唇がきれいな弧を描くのがわかりました。
「気が付いたかい? それ、正解だよ」
「だーから、こんなの手本になんねぇって」
お手本と言うか、参考資料にぜひ……ぜひ、拝見したい所なのですが……何やら浄化室を敵対視しているらしい気配があるので、ご協力頂くのは難しいでしょうか。
んん、と咳払いが聞こえた方向に目を向ければ、胡桃沢さんがこちらを見ていました。ここまでまさに静観の構えでしたが、決心したように御厨さんに向き直ります。
「御厨、」
「まぁ巴様! なんですの?」
あらら、御厨さんの声のトーンがガラッと変わりました。夢見る乙女のような、と言えば伝わるでしょうか。少女漫画だとしたら背景にお花が咲いていることでしょう。胡桃沢さんの表情が少し引き攣ったようにも感じましたが、軽く首を振ると言葉を続けます。
「すまないが、梅小路に少し見せてやって貰えないだろうか。彼女はまだ修得中でな。御厨のフェアリーは色々と参考になるだろう」
うっ、と声を漏らした御厨さんがこちらをチラリと見ました。気が進まない、とそのお顔に書いてありますが……。
「巴様のお願いを断れるはずありませんわ……」
「本当ですかっ!? ありがとうございます!」
嬉しくてつい結構な勢いで頭を下げてしまいました。わずかに目を見開いた御厨さんが心なしか頬を赤らめたように思えます。
「ま、まぁ、いいわよ。差し支えない範囲でなら見せてあげるわ」
えーと。私は何か、赤面するようなことを言ったのでしょうか。
それから御厨さんは時間が来るまでいくつかの技を見せて下さり、一通り颯くんと先生に冷やかされ、照れ怒りという器用な状態になったのち、いらした時と同じく嵐のように去って行かれました。
「アンタって案外、人たらしだよな」
「えーと、それは……褒めてますか?」
くくく、と肩を揺らす颯くんの向こう側で、勧修寺先生と胡桃沢さんが呆れ顔で首を振るのでした。
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