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 先生の説明によれば、このゲームはさる蒐集家の家にあったものらしいのですが、どうやらこのゲームが手元に来てからと言うもの、不幸続きなのだそうで。

 見かけとしては大きめの絵本の体裁で、厚みからして仕掛け絵本のようになっているのでしょうか。あちこち角が擦り切れたカバーの中に、ゲームブック本体が入っている形となりまして、付属品としてはダイスが二つ。これを振って、出た目から進むページを判断し、物語を辿っていく形式のようです。

 美しいボタニカル調のタッチで描かれたカバーのイラスト。タイトルは装飾文字で「DRAGON SLAYER AND LITTLE PRINCESS」。洋書に見えますが、どうでしょうか? ドラゴンを退治する物語、というニュアンスだと思われます。ドラゴンやお姫様が出て来るということは、きっと剣や魔法も登場するファンタジー設定ですね。呪いのゲームなんて触れ込みでなければ、皆んなで遊んでみたい所なのですが……とりあえずそれは難しそうです。


「そりゃ、こんだけガッツリ呪いのゲームだって主張してんだし、なぁ」

「えーと……そう、ですね。残念ながら、さもありなん、としか言いようがありませんねぇ」

「本当なのかい? そしたら、これは本物の呪いのゲームなんだね」


 嬉しそうにゲームブックの表紙をさする先生ですが、禍々しい黒い煙がどんどん景気良くあがっており、私は気が気ではありません。先生には見えていないのですから仕方のないことなのですが、その、もう少し慎重に扱ったほうが。

 とりあえず、不幸とやらが降り掛かる前にをしてしまいましょう。


「そうしたら、早速こちらに祓いを施して」


 と、私が言いかけた時でした。先生は何の前触れもないままケースから本を引き出すと、一瞬の躊躇いもなく、最初のページを開いてしまったのです。

 その途端、ゲームブックからは眩しい光が解き放たれ……思わず目をつぶってしまいます。そして気がつくと、なんと、部屋の中には美しい少女が立っているのでした。

 ふっくらした頬に、肩のあたりで切り揃えられた髪。ふんわりと広がるワンピースはまるでお姫様のようです。

 少女は半分くらい透き通っている上に色味がほとんどなく、そのせいで中世ヨーロッパの彫刻のようにも見える美しい姿をしています。彼女はゲームブックの前に座る勧修寺先生をじっと見つめていて、ですが先生は一向に意に介さないまま、ゲームブックを検分し始めているのですが。


「……おい、先生」

「何だい、颯く……え?」


 顔をあげた先生の動きがピタリと静止しました。あらまぁ、先生の目線が、きちんと少女の居る辺りを捉えているように見えます。


「あの、……先生?」

「え……っとあの、僕は、……え?」


 はぁ、とため息が聞こえました。見れば、髪をくしゃくしゃとかき混ぜた颯くんが、困った顔をしています。


「ゲームブック開いたヤツには見える系かよ」

「あぁ……まさか、そんな……ッ!」


 先生は弾かれたように立ち上がると、少女の方へと歩み寄りました。そのまま正面に立ち、まるでプロポーズでもするように跪きます。その頬は紅潮し、ぼうっと熱にでも浮かされたような表情。私は少しだけですが、今がどんな場面かも忘れて、思わず赤面してしまいました。

 ちょうど颯くんは私と正反対にやや青ざめた顔で鳥肌を立てていたらしいのですが……そんな私達の反応を他所に、ゆっくりと手を伸ばした勧修寺先生が口を開きます。


「君を……君を、成分分析器にかけてもいいかな?」

「ダメに決まってんだろ。つーか、無理だろ普通」


 驚きましたが、先生と颯くんの言葉で私も我に帰ります。状況を整理しましょう。

 この少女はどうやらゲームブックから現れた存在で、颯くんと私に姿が見えるのはともかく、プレイヤーと見なされてしまった先生にも、どうやらその姿が認識出来ているという事になります。

 初めて怪異の類を目にした先生は、先程のプロポーズもどきの後も、写真や動画による撮影を試みようとしましたが、やはりそういった媒体には映らないようです。

 ひと通りデータを取ろうとして取れない事態を経て、先生があらためてゲームブックの前に陣取りました。


「呪がどんな類のものか判明してない辺りは不安ではありますが……」

「プレイヤーになっちまった以上はやんなきゃダメっぽいな」


 不承不承といった顔で颯くんが唸りました。私としても、たぶん、ゲームをクリアせずにこの存在をどうにかする事は不可能だという手応えを感じます。

 窓の外には相変わらず降り続く雨。鈍色の空に晴れる気配は微塵もありませんが、物ともしない爽やかな笑顔で勧修寺先生が宣言します。


「さて、ゲームを始めようか」

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