呪われたゲームブックの怪
1-1
窓の外のけやき並木が、低く垂れ込めた重そうな雲に蓋をされています。ついに落ちてきた雨粒がポツポツと窓を叩き始めて、私は、うぅ、とひとつ伸びをしました。身体が重いように感じるのはきっとこの天候のせいですね。何か、気の晴れるような出来事があると良いのですが。換気のために細く開けていた窓をぴたりと閉めて、サッシの真ん中にある錠前を閉じました。
途端に外の音が消えて、室内の物音がやけに耳に付くようになるものです。カチ、カチ、とマウス操作する音。まるでメトロノームのような正確さで響いています。
「なんか、見えんのか」
ついついじっと眺めていますと、背後から声がかかりました。声の主は烏丸颯くんで、どうやら雨の日は好きではないのだなというのが、梅雨に入ってから分かったことです。普段より少しばかりもしゃもしゃとしている黒い髪は、元から癖があるせいで雨の日の湿気に反応してしまうらしく、恐らくはそれが不機嫌の一端となっています。
「いえ。良く降るなぁ、と」
「梅雨だからな」
机に頬杖をついた怠そうな姿勢で、反対の手では器用にペンを回しています。どうやら先程までの作業には一区切りついたようです。私の視線は自然と颯くんの着用している長袖シャツのイラストに向いてしまいます。
パーカーにダメージジーンズ、それに丈の短いモッズコートを羽織るのが長いことトレードマークの服装でしたが、温かくなってからはトレーナーか長袖のTシャツなどを身に着けていることが多いようです。Tシャツの柄について、これはその、偶に胡桃沢さんが「スラム街の落書き」と称しているのを耳にしますが……私としても同様の印象を受けるものが多く、公務員としてどうなのかとか、霞が関という場にそぐわないのではと、少しばかり思わなくもありません。
「……何だよ」
「あの、特には」
「そーかよ」
どうやらジロジロと見過ぎてしまったようです。もし颯くんのような服装を私がする事になったとしたら……それはそれは破滅的に似合わないことでしょう。
東京の梅雨と言うのは思ったよりもしっかりと雨が降ります。中には空梅雨という言葉もある通り、降らない年もあるのでしょうが。「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉のある北陸地方出身者としては、なかなか郷愁を誘う湿度でもあります。
気分転換にコーヒーメーカーを使ってコーヒーを作り、また仕事に戻りました。今月は出張が多かったので交通費の精算も、データの記録も、作業量が多いのです。
ふと、廊下で物音が聴こえた気がしました。
「おい、変な気配がしねぇか」
颯くんが言い終わらないうちに廊下のほうから派手に何かをひっくり返すような音がして、続いて扉がノックされました。
「おおーい、開けてくれないか。すまないが両手が塞がっているんだよ」
この流れ。どこかで。
デジャヴを覚えながら立ち上がり、事務室の扉を開ければ、そこに居たのは勧修寺先生です。禍々しい煙に包まれた姿は明らかに呪が降りかかっているのですが、先生は三脚や暗視カメラなど大掛かりな荷物を抱えたまま、ニコニコと嬉しそうに笑顔を浮かべています。
「みんなでゲームしようじゃないか」
「いやもう見るからにヤベェやつ」
「先生……さすがに具合が悪かったりしませんか?」
先生はそのまま室内に入ってしまうと、部屋の真ん中のミーティングテーブルの上に抱えていた何かを置きました。
「……ゲーム?」
「そう。先日お邪魔した打ち合わせで、どうにかならないかって渡されたものでね」
「どうにか、ってーと」
にっこり。先生は今度こそ音がしそうに破顔しました。
「何やら、由緒正しい呪いのゲームブックらしいんだけどね」
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