第18話

「(いくら戻れる保証ができたからって、転移なしで報酬だけゲットできるほうがいいに決まってるじゃない)」



 左足を前に左腕をL字に構え、狙いを定めるサツキちゃんが小声でなにか言っていたが、あまりよく聞こえなかった。


 俺はダーツが苦手なので、投手はサツキちゃんにお願いしていた。



「じゃあ、投げますね」



 挑戦は一回のみ。


 ダーツボードまでの距離は目測でおよそ2.5mほどか。


 ご丁寧にスローイングラインまで引かれている。


 正直、真ん中の白い領域が小さすぎて当たる可能性なんて万に一つもなさそうだ。


 プロでも至難の技だろう。


 覚悟は決めておいたほうがいいかな。



「……ふっ」



 投げる直前、サツキちゃんが不敵な笑みを浮かべた気がした。



「直撃スキル、発動!」



 ブォンという虫の羽音みたいな音とともに、サツキちゃんが狙いを定めていたダーツ自体に淡い光が纏われる。


 あの光は……魔力、なのか。



 :お、サツキは直撃スキルも使えるのか

 :その手があったか

 :アレなら100%当たるんじゃね?

 :冥葬級、見たかったな

 :そんなにうまくいくかな?

 :時空ウサギは性格悪いぞ

 :俺の記憶が確かならおそらく……



 4000人を突破した視聴者さん達の不穏なコメントがいくつか目に入る。


 俺も、なんとなくこのウサギは絶対に性格が悪いと察していた。


 社畜時代のマウント大好きパワハラ部長と似てるんだよな。雰囲気が。


 いつも肝心なことは何も言わず、手探りで進めた仕事のデキが悪いと怒り散らかす理不尽野郎だった。


 今思い出しただけでも腹立たしい。会社を辞めた理由のひとつでもある。



「いくよっ!」



 サツキちゃんの掛け声とともに投じられたダーツは直線の軌道を描き、真っすぐダーツ板の中心に向かって飛んでいる!


 おっ!いい感じじゃね?


 特にウサギが邪魔をしてくる様子はない。


 杞憂だったのかもしれない。


 見た目や雰囲気で相手を勝手に判断しちゃいけなかったな。


 すまん、ウサギ……。

 


「あーあ。やっちゃたね」



 トスッというダーツが刺さる時の乾いた音は、ウサギの飽きれたような声でかき消されてよく聞こえなかった。


 ボードに目をやる俺。


 刺さった箇所は……ボードの中央から少し下の黒い部分だった。



「外した!?」



 サツキちゃんが驚きを隠せてない。


 白い部分に向かって的確に飛んでいたかに見えたダーツは、刺さる直前でわずかにその軌道を変えたように見えた。



「ほんと、探索者たちはすぐズルするよね。普通に投げれば真ん中当たってたのに」


 

 ヤレヤレと首を左右に振る仕草を見せるウサギ。


 ホントか嘘かわからないが、ウサギはスキルを使わずに投げればどこに投げても中央の白い部分に当たるよう細工していたと言うのだ。


 逆に言えば、スキルを使うと真ん中から外れるように仕組んだとも言える。



 :やっぱそうか

 :そいつがタダで報酬を渡したことはない

 :ゲームは茶番

 :普通に投げたら「探索者がスキルも使わずに投げるとかあり得ない」などと言う

 :行き先はおそらく最初から決まってる

 :そのウサギは詐欺師



「残念だったね。それじゃ行き先を確認してみようか」



 ダーツが刺さったボードを引き寄せ、マジマジと凝視するウサギ。


 黒塗りで遠目には何て書いてあるのかわからないが、おそらくこれも茶番。


 たぶん、なにも書いてない。


 やっぱこのウサギは酷いヤツだ。


 部長ウサギに改名してやろう。



「ふむふむ……おめでとう!なんと!君たちの転移先は冥葬級ダンジョンの地下50階に決定したよ!」


「嘘でしょ!」



 落胆しているサツキちゃんを見てると、彼女はこのゲームに意味が無いことを知らなかったっぽい。


 実際遭遇したのは初めてなのかもしれない。



「それでは、ご案内!」



 ウサギのステッキが八の字を描き始めると、ダーツボードはフッと消え、同時にドリルみたいな空間の歪みが生じ始める。


 時空ウサギの名の通り、このウサギは時空間になんらかの干渉ができる能力を持った存在なのだろう。



 :時空ゲート、オープン!

 :冥葬級地下50階、楽しみだな!

 :開幕エンドは勘弁な

 :すぐ戻って来るんじゃないぞ

 :せめて1分は持ちこたえてね

 :行ったらすぐ隠れるんだぞ

 :おっさんとサツキならイケる!



 相変わらず呑気に楽しんでるご様子の視聴者さんたち。


 こっちは命がけなんだぞ。コンチクショウ。



「行くしか、ないんですね……」


「まぁ、なんとかなるって。一応いつでも戻って来れるようにしたんだしさ」


「ダイシさん……。私の事、絶対守ってくださいね……」


「初心者にそれ、お願いしちゃう?」


「さすがにちょっと怖いんです。本当に……」


「しおらしくなっちゃって。でも、そっちのほうが可愛いと思うよ」


「あっ……もう!こんな時に何言って……」


「守るから」


「えっ?」


「俺が絶対サツキちゃんのこと守るから!だから安心して!」


「う、うん!」



 ちょっと泣きそうな表情になっていたサツキちゃんに少しでも勇気を与えるため、俺はあえて楽観的に振舞っていた。


 色々酷いことされたけど、こういう時ってやっぱ大人の俺がしっかりしなくちゃいけないでしょ。


 年の甲ってやつかな。


 もちろん多少ビビってる部分はあるけども、今はそんなこと言っても始まらない。


 時には根拠のない自信が苦境を打開することだってよくある話。


 社畜時代もそれで乗り切れたことが多々あったし、新人のモチベアップに役だったこともある、と俺は思ってる。


 大丈夫。なんとかなる。



「あ、10分経ったら僕が勝手にこっちに引き戻すから。その時はミッションクリアってことで、超激レアアイテムを報酬としてあげるよ。中身は内緒だけどね」



 ホントにくれんのかよ。


 いや、十中八九クリアできないからそこは別にいいか。


 とりあえず1分くらいはなんとか持ちこたえられるといいな。


 ん?なんか俺、冥葬級、ちょっと楽しみにしちゃってない?



「では、いってらっしゃい!御武運を!」



 時空の渦が高速で回転をはじめる。


 俺とサツキちゃんはその引力に引き寄せられるかのように、渦の中心へ吸い込まれていく。


 意識が薄れる。


 次に気が付いたときは、おそらく地獄の真っただ中にいるのだろう。



『……葬スキル【回帰 Lv2】が時空干渉性能を上書きしました』


『ユニークハウスのランダム性及び時空性能を限定制限』


『西東京第4初級ダンジョン地下1層2の部屋にユニークハウスが固定されました』



 いつもの説明調の機械音が脳に直接なにかを語り掛けてきたが、正直まったく理解などできないまま、俺の意識は完全に遠ざかっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る