ゆかりなき場所
釣ール
体質
あの時負けるんじゃなかった。
全て終わらせるつもりだったから悔いがないなんて思っていたはずなのに!
そういえば。
俺は負けてばかりだった。
譲るつもりなんてない時に限っていつも諦めかける。
第一志望の高校にも行けず、恋人になってもいつも二番手にもなれず特殊性癖を持つ異性とは長続きしたから本気だったのに友人関係のまま。
それは別にいいか。
現実を突きつけられる瞬間は大抵衝撃が走る。
思いのよらない結果論に委ねていると下手なギャンブルより後悔する。
コスパのいい趣味だと話せば周りからは良くて不器用と言われるか、悪くて馬鹿と言われるだけ。
二十も過ぎ、歳上の人達から聞かされる体験談はとてもとても参考にならないことばかり。
羨ましいと思ったことがなくただ俯瞰しながら黙って聞くのも貴重な体験だ。
オンラインゲームでもしながらストレスを溜めていると面白い情報が羽矢人の元へやってきた。
懐かしい。
特に親しくもなかったけれど悪い関係でもなかった友人と映え目的で行った崖が添付されていた。
名前を忘れてしまったがこの崖で物騒な儀式をやったかもしれない。
降霊術はもう新しくなったから福を呼ぶにも運に任せるにしてもパワースポットとは逆の力を身につけることで生きやすくなるとか胡散臭さの割にオーバーな過程を踏むのかと思えば崖付近に散らばっている物質を小さな金属瓶に集めてその場で火起こしをするというサバイバルにも見える儀式らしく、ついでにここで火起こしと一通りの野宿を覚えたので彼とは色々と話したいことが多かったことは覚えている。
そしてあまり一つの場所に拘らない人で連絡先も第三者による介入によるものだったから、気がつくとどこかへ去っていたと聞いた。
膨大な時間と変わりばえのしない似たような未来の羅列が明確につまらないと捨てられるようになれたはいいものの、今度はこの先をどうするか逆に目標が欲しくなる。
あの崖に何かあるのか?
儀式って彼との再会のための目印?
そんなファンタジーなことがあり得るわけがない。
そして幸いにも誰かを呪うような物騒なものでもなかったのであれが何のための行動かを暇つぶしも兼ねて向かうのだった。
◯崖にて
久しぶりにやってきたがこれはゆかりの場所だとか、聖地だとか言っていいものか羽矢人はどうでもいい二択を保留にする。
そういえば彼とやった儀式的に今思えば危なそうな材料もありそうだ。
この崖は厳重に柵があり、ドラマや映画の撮影でないと許可を下ろしてくれない場所でもあった。
理由は崖で思い浮かぶ人もいるかもしれない。
彼とはどうやってくぐり抜けたっけ。
十代だったしバズり目的のために結構リスクを背負ってたなあ。
同業者だったから殴り合いもやった。
喋るよりそっちの方が分かりやすいかったからという理由だったがその結果あの儀式をやる事になった。
鍛えた身体能力はここで使って奥へ行ったかもしれない。
しかし簡単に超えたら誰かは駆けつけてくる。
観光ブームで誰がここにいるか分からない。
羽矢人はかなり頭を使って考えていると、崖の奥に誰かが歩いている。
管理者にしてはラフすぎるしイヤホンらしきものが確認できた。
自慢じゃないがガキの頃から視力は維持している。
眼鏡やコンタクトが邪魔で面倒くさそうだったからってのと最低限の点数を取れるだけの勉強にリソースを費やし、試合では自分こそ最強だと信じていたから目の酷使は出来るだけ減らしてきた。
崖の奥にいる人は青年。
イヤホンがBluetoothになっている時代だからこそ柵を突破してまで何をやろうとしたか明白だった。
止めるため。
いい理由だ。
羽矢人は善人ぶりたいわけではなく、彼とやった儀式がなんだったのかを知るためだけに青年がいる崖の奥へ向かう。
「身体能力ってのはこう使うんだ!」
もし誰かに見られた時のために牽制の意味でつぶやき、助走をつけて走りジャンプをする。
柵に電気が通っている場合も考えて陸上競技の記憶を頼りに身体を逸らし、ギリギリで向こうへ到達する。
海外遠征で日本では使えないと思っていたパルクールの技術と狙っていた異性のタイプが運動神経トップの成績が最低条件だったから何度も怪我しては練習をした。
天才だろうと秀才だろうと誰であろうと、それくらいの目的があってきっかけになる。
誰が見知らぬ上から目線の者の点数のために行動するか!
前に来たはずの場所なのに、初めて訪れたような高揚感と同時に湧いてきた後処理のために運良く怪我はないものの疲れはしたので急いで青年の元へ走っていく。
案の定まだ青年は迷っていた。
もう止めるしかない。
海が見える所まで来た段階で彼のことを思い出してきた。
火の儀式によるプラシーボ効果。
あとは胡散臭い単語ばかり浮かぶが今思うと彼は店でも経営したかったのか意識が高かった。
鵜呑みにし過ぎている勉強家だった。
そういえば彼は試合前の練習でも勝つためにずっと誰よりも練習をしていた。
不仲なジムメイトに攻撃されても練習だからと笑っていたり。
それに納得できなくて羽矢人が手を出そうとしたら笑顔で止めたり。
何故だ?
なんでこんな記憶がここで蘇る?
「え?他にもいたの?」
今度は青年に声をかけられた。
お前も抜けただろうとは思ったもののほれは別だ。
「止めにきたわけじゃない。
止めざるを得ないからここにいる。
むしろしばらく見張ってくれ。」
青年は不機嫌そうな顔をし、歩みを止めた。
「ふう。
もう先がないから色々とぶちまけるよ。
何にもうまくいかなかった。
恋愛もしたことがないし、経済能力もない。
何事も長続きしないし好きなこともない。
生きてたって見下されるだけ。
だから頼む!ここからは止めないでくれ!」
青年が奥へ走っていこうとする前へジャンプし、組み技でロックした。
「勘違いするなよ。
俺はここである儀式をした。
単純な火起こしだがな。
しかしそれ以外記憶がないんだ。
生活に支障をきたすほどの記憶喪失ではなくてピンポイントでこの地点でやった記憶が曖昧だ。
そんな俺は二十代でかつて人と殴り合いをルールのもと行ったことがある。
そんな俺も現代の他人が委ねてくる幸せやら成功やらなんざ興味ねえ!
だが…興味がなくても流されるのは大変だ。
時代の波に乗れてる奴なんて誰もいやしない!
だが化石になるわけにもいかねえ!
お前は悔しくないのか?
可能性を狭まれて多様性を押し付けられるだけでこのまま飛び込んでも誰も助けちゃくれねえんだ!
だからここで大人しくしてろ。
連絡先は教える。
あんたがいないと俺もここから帰れねえんだ。」
青年は何か反論でもするのかと思ったらギブアップの合図をしていた。
これ、プロレス技じゃないんだと無駄口は叩かずに解いた。
そして青年の足を止めて転ばせてしまった。
「うちへ無期限に泊まってけ!
それにどうせなら一生に一回は第六感を見てみたくないか?」
青年は涙を流しながら羽矢人へと駆け寄る。
「とにかくここからは絶景にふさわしい降霊術をやってみせる。
うん?降霊術?」
儀式だと言われていたが彼がやっていたのは…!
もう一度あの火起こしをやる必要はない。
一種の勝利祈願。
しかしそれだけではないのかもしれない。
旅や自営業にこだわっていた彼なら!
うおおおおおおおおおおおおおおおお!
貴重品を壊さないようにパルクールができるようシミュレートを何度もして、何度も病院に行った。
そこでの経験が功を成したのか、火起こし技術も忘れておらずどこかもしらない青年の前で火を起こした。
羽矢人に宿るあの時の記憶を呼び覚ます。
当時も通報されないように材料を集めてやっと意味不明な儀式を最後まで終わらせた。
彼よ。
教えてくれよ!
内に宿る成果を!
すると青年が大きな悲鳴をあげた。
数多くの不定形が崖の周りを漂っていた。
幽霊?
本物?
あの時はこんな…
『こんな手間のかかる儀式が今でも残ってるなんて変だろ?
これはきっと俺達に自然で暮らしても生き延びるためにマネタイズされた覚えやすい技術の継承だと俺は思っている。
でも変なんだよ。
崖でやる火起こしなんてさ。
面白いだろ。
拙くて意味不明。そして単純な方法。
俺はこのやり方で分身を生み出した。
いまからその分身を羽矢人に渡す。
前、ジムメイトに殴られた時に助け舟だしてくれてありがとうな。
こんなとこすぐ抜けてやる。
特定されないように連絡先は教えないけど、代わりにこいつを渡す。』
身体に残っていた記憶が呼び起こされ、全てを思い出した。
小さな火が人間大の姿として現れ、二人に話しかける。
周囲の不定形が実態を得るまで力を貸すように集合した。
「羽矢人か。久しぶり。
って言っても俺は分身で本体は何してるかわからない。」
分身であって全く違う。
それは確かだ。
しかしこのフットワークの軽い奴のフリした口調は更新されてないのか。
そばにいた青年は口を開けながらこの光景に「すげえ!」とだけ言っていた。
「俺がこうやって呼ばれたってことは本体がなんらかの形で羽矢人に俺を宿らせた記憶の封印を解いたのか。」
「その理由はわかるか?」
「さあ。
けどこの崖って、やばい連中が捨ててった禁呪の依り代が何百年に一回復活するらしい。
そこで羽矢人の出番だ。」
「まさか選ばれた者だとかちんぷな理由か?」
「もっと理由はシンプル。
そんな恐怖の対象を俺達はぶん殴れる。
本当は儀式をやった当時にやるつもりが本体がミスして日付けがズレた。
だから今日がそいつの復活時ってわけ。」
青年はさっきまでの絶望は何処へやら。
端末を構えてここまでの話を聞いていた。
「その目と動画に収めとけ!
帰って編集だ!」
青年は歳が近かった。
羽矢人なら見ればわかる。
なんの力も持たないし、間も悪くて運もない。
集まってくる復活者と火の相棒と共に羽矢人達は戦いを挑みにいった。
◯エピローグ
無事に目的を達成した羽矢人達。
新しい住居人が一人、そして火の形でこの部屋にいる。
「本当にここでルームシェアしていいんですか?」
「お陰で分身とはいえ彼に会えた。
それ以上の報酬はいらないし、これくらいしかお礼もできない。
それにあんたはカメラ回してる方が似合う。」
「それは俺も思ったぜ。
よく最後で収めてくれたよ。」
久しぶりに死ぬところだった。
流石にあんなスリルはもう沢山だったが彼のことだ。
また何か不定形関係で分身を呼び出させたに違いない。
「人間だけなら撮影できないからなあ。
俺を頼れ!」
「お前はカメラを持てない。
遠隔で役に立ってもらう。
そして、いずれは彼の存在をこの目で確認する。
それまで案内を頼むよ。」
火の相棒と拳を握り交わし、それをとる青年と共に非日常現象を解決する事務所を構えるための資金稼ぎをすることにした。
やってみせる。
ここで倒れないためにも。
どうか。
どうかこの願いが届きますように。
ゆかりなき場所 釣ール @pixixy1O
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