第34話 備えあれば
「やはり山火事で間違いないようだな」
古戦場から風上に当たる小高い丘の上から、俺とミサは燃え広がる炎の様子を眺めていた。
かなりの規模の火災だ。
この調子だと、明日の朝には、あの辺りは禿山になってしまっているだろう。
「少し北側から迂回しよう。そうすれば、煙を吸う危険も……どうした、ミサ?」
炎を見つめるミサの瞳に、何か必要以上の焦りのようなものを感じて、俺は問いかけた。
「感じる……」
「何を?」
「みんなが……ローシュさん達がいます」
「何だって……!?」
ミサの仲間達があの中にいる、だって。
「風の精霊の力か?」
「はい、精霊様の目を借りました。あの辺りに、ローシュさん、イオンさん、アルビオネさんが!! しかも、魔物達に囲まれています!!」
「どうして、彼がこんなところに……いや、まさか……」
彼らは、俺がゴーレムコアを古戦場で見つけた事を知っていた。
換金屋の話ではゴーレムコアには相当の値打ちがあるそうだから、彼らが欲に目が眩んで、二匹目のドジョウを捕まえようとしに来ても不思議ではない。
「助けに行きます!!」
「いいのか。ミサ」
釘を刺すように、俺は彼女に伝える。
「彼らは君を捨てたんだぞ。役に立たないからと」
正直助ける義理など微塵もないだろう。
捨てられた人間が、捨てた人間を助ける道理などない。
だけど……。
「関係ありません。私が……助けたいから……!!」
力強くそう答えるミサ。
口元が綻ぶ。
ああ、俺はきっと、彼女がこう答える事を期待していたのだろう。
俺は、徐にミサの前へと進み出た。
「シュヴァル様?」
「ミサ、風の精霊の力で、俺の身体を飛ばすことはできるか?」
「えっ……?」
「あの場所に俺を飛ばして欲しい」
指差したのは、俺が三ヶ月間キャンプをしていたゴミ山の辺りだ。
あそこまで、移動できれば、あとはなんとかなる。
「その、まだ、あまり細かいコントロールは……」
「おおよそでいい。とにかくあの近くまで行ければ、君の仲間達を救うことができるはずだ」
「シュヴァル様……」
「あまり時間がないのだろう?」
俺がそう言うと、ミサは一瞬目を閉じた後、コクリと頷いた。
そして……。
「お、おい、ミサ……」
真正面から俺に抱きつくミサ。
密着したゴーレムの胸元で、彼女は祈るように呟く。
「絶対帰ってきて下さい」
さっきのドラゴンとの戦いで、よほど心配させてしまったのだろう。
呟くようなその声に、俺は首肯で返す。
「ああ、必ず」
その返事を皮切りに、俺がおぶっていたネムをミサが抱き上げる。
そして、彼女は精神を集中させるように目を閉じた。
「風の精霊様、どうかシュヴァル様を……!!」
願いを聞き入れるかのように、風が俺の周りで蠢く。
やがて竜巻のようになったそれは、力強く、俺を吹き飛ばした。
ドラゴンとの戦闘で、吹き飛ばされた時にも似た、強烈なGが俺を襲う。
気づくと、俺はこの世界で一番長い時を過ごした、あのゴミ山へと着地していた。
すでにこのあたりにも炎がまわり、普通の人間であれば、一酸化中毒でも起こしかねない状態だ。
だが、俺は迷うことなく、天幕を張っていたすぐ側まで歩を進めた。
そして、先ほどの戦いで半ばまで折れてしまった大剣をスコップのように使って、地面を掘った。
やがて、出てきたのは、残しておいた未加工のゴーレムコア、そして……。
「何事も備えというのはしておくものだな」
無機質なボディを包む漆黒の鎧を一旦脱ぐ。
直接目にしたゴーレムのパーツは、予想以上に深刻なダメージを受けていた。
人工筋肉が断裂している箇所もあれば、左足に関してはフレームまで曲がっている。
だが、それら四肢の一本一本を取り外し、俺はもしもの時のために、一緒に埋めておいたスペアへと換装していく。
流石に頭部やボディ本体のスペアまでは用意していないが、腕と足だけでもまともに使えるようになれば、十二分に戦える。
「これで……よし」
四肢を全て換装し終え、再び漆黒の鎧を身に纏えば、元の通りだ。
「さあ、行くか」
ゴーレムコアを震わせるようにして、俺はミサの仲間達の元に向かって、駆け出したのだった。
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