第32話 契約

 この高さでは、さすがのドラゴンも助からないだろう。

 安堵したのも束の間だった。

 意識が赤ん坊の俺に戻った瞬間、浮遊感を感じた。

 俺も落下している……のか?

 赤子の身でみじろぎすらできない中、周囲の瓦礫とともに、空がどんどん遠くなっていく。

 どうやら、先ほどの一撃の衝撃で、ドラゴンだけでなく、自分自身の足元まで崩してしまっていたらしい。

 あれ以外方法がなかったにしろ、最後の最後に、なんてドジを踏んだんだ。

 いや、俺の事はいい。

 ミサは……!!

 そうして、ようやく気付く。

 落ちているのは、俺だけじゃなく、俺を抱いたミサも一緒だということに。


「おんぎゃあ!!(ミサ!!)」


 叫んでも、赤子の力ではどうしようもできない。

 なんとか再びゴーレムとパスを繋ごうとするが、オーバーヒートしてしまったゴーレムは一時的な休止状態にあり、ピクリとも動こうとしない。

 万事休す。

 もはや手の打ちようがないと思ったその時だった。


「風の精霊よ……力を……!!」


 まるで歌うように、ミサの声が響いた。

 瞬間、落下のスピードが鈍化したかと思うと、ほんの数秒にうちに、俺とミサの身体は風に押し返されるように浮かんでいた。


「ばぶぅ……(これは……)」


 赤ん坊の俺の目にも見えた。

 緑色の光のような不定形な何かが、俺たちの周囲を回っている。

 これが、もしかして、風の精霊なのだろうか。

 南国を思わせるような暖かな風が、俺たちの頬を優しく撫でる。

 そのままゆっくりと着地すると、ミサは俺を強く抱きしめた。


「ネムちゃん、よかった……」


 うっ……。

力いっぱい抱きしめられて少し苦しい。

 でも、それだけ彼女は俺を心配してくれていたのだろう。

 そして、その想いは、土壇場で彼女の才能を発露させてしまったようだ。

 ミサが精霊達の方へと視線を上げる。

 俺にはわからないが、何かを理解したようにミサは頷くと、深々と腰を折った。


「風の精霊様、未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」


 言葉ではない何かで、ミサと風の精霊の契約は終わったようだ。


「それで、早速なのですが……」




「シュヴァル様っ!!」


 ボロボロになったゴーレムボディに、ミサが駆け寄っていく。

 風の精霊の力を借りて、崖上まで飛び上がると、そのまますぐにゴーレムの俺の様子を見に来てくれたのだ。


「早く治療しないと……!!」


 まずいな。

 ボロボロになったゴーレムの身体を見て、彼女は鎧を脱がして、俺の手当をするつもりだ。

 そうすれば、俺の中身が、生身の人間ではないということがバレてしまう。

 なんとかパスを繋ぎ直せるか試してみるが……くそっ、あと、ちょっとで反応しそうなんだが……。

 四苦八苦しているうちに、ミサの手が兜の両サイドに触れた。

 そのままグッと引き上げられようとしたその時だった。


「えっ? 何……!?」


 ミサの周りで漂っていた風の精霊達が、一斉に光だした。

 何かを伝えようとしているのか?

 精霊の意思を感じ取ったらしいミサは、一旦俺から手を離すと、西南西へと視線を向けた。

 今にも雨が降りそうな暗雲が漂う西南西の空。

 そこには、何かを反射するようにオレンジ色の光が明滅していた。

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