第31話 最後の力で

「シュヴァル様ぁ!!!」


 耳元で、ミサの声が聞こえた。

 ゴーレムとのパスが途切れたのだろう。

 本体の赤ん坊としての感覚が、より鋭敏になり、俺は目を覚ました。

 頭上では大規模な爆発が起こり、モクモクと煙が上がっている。

 今の一撃の衝撃で、ゴーレムは爆発四散してしまったのか……。

 厄介な相手を仕留めたと、目を細めたドラゴンが、こちらへと視線を向ける。

 金色の瞳に真っ向から睨まれると、まるで蛇を前にしたカエルのように身体が震えてくる。

 ああ、終わったな。

 第二の生も随分と短かった。

 だが、こんな美少女の腕の中で死ねるなら、悪くない。

 ……いや、ダメだ。

 せめて、ミサだけには逃げてもらわないと。


「おぎゃぁ!! おぎゃぁ!!」


 俺を置いて逃げろ、という意思を伝えるように、泣き叫ぶ。

 だが、そんな俺の気持ちは伝わることはなく、彼女は俺を安心させるように微笑んだ。


「大丈夫。大丈夫だからね、ネムちゃん」


 身体がガクガク震えているのがわかる。

 それでも、彼女は立ち上がり、ドラゴンに背を向けて駆け出した。

 盗賊なのに、鈍足の彼女だ。

 逃げ切れるわけがない。

 まして、俺という足手纏いを抱いているのだ。

 案の定、足をもつれさせたミサは、俺に怪我をさせないように、背中から倒れ込んだ。


「う、ううぅ」

「おぎゃあ!!(ミサ!!)」


 どんなに恐怖で身体が強張っても、どんなに自分に力が無くても、それでも、彼女は俺を守ろうとしてくれる。

 その姿は、まるで自分の実の子を守る親の姿そのものだった。

 ビシッ……。

 何かが割れるような音が聞こえた。

 ここで、この人を失うわけにはいかない。

 俺は……俺は……。


「まだ終わるわけにはいかない!!!」


 ボロボロになったゴーレムとパスが繋がった。

 まだ、動ける。

 まだ、戦える。

 半ばから先を失った大剣を腰だめに構え、ドラゴンへと特攻する。


「シュヴァル様!!」


 ミサの声が聞こえ、そして、ギュッと抱きしめられる感覚が強くなった。

 この声があれば、このバブみがあれば、俺はいくらだって強くなれるはずだ。


「うぉおおおおおおおおお!!!」


 俺の叫びにドラゴンが気づいた。

 視線がゴーレムへと向く。

 尻尾で叩こうとドラゴンが身体を回転させ、後ろを向いた。

 そう、そこだ!!

 鞭のようにしなる尻尾を紙一重で避けた俺は、空中で体勢を整え、ドラゴンではなく、その足元に強烈な一撃を見舞った。

 超重量のドラゴンの身体を支え切れなくなった地面があえなく瓦解する。


「ごぉおおおおおおお!!!?」


 落下し始めるドラゴン。

 重力に抗おうと、羽ばたいたドラゴンの右羽の付け根に向けて、俺は追撃をかけた。

 鱗で守られた背中や頭と違い、羽ばたくために大きく稼働できるような構造になっている羽の根本には、鱗はない。

 ほとんど斧のように振り抜いた大剣が、深々と突き刺さる。

 そのままドラゴンから距離を取るように、俺は崖の一角へと飛び移った。

 同時にゴーレムのコアからのエネルギーが絶たれる。

 魔力切れではなく、オーバーヒートだ。


「落ちろ……」


 最後の力で、そう呟く。

 目線の先で、ドラゴンは苦悶の表情を浮かべて、崖の下へと落下していった。

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