第28話 脅威との遭遇

「これはなかなかの悪路だな」


 街道から外れて1時間ほど。

 俺とミサは、暗い森の中を彷徨っていた。

 街周辺とは植生違うのか、ゴツゴツとした木の根が辺り一面に蔓延り、かなり歩きにくい。

 そんな中をゴーレムのパワーで強引に乳母車を押し進めていく。


「ネムちゃんまで連れてくることになってしまって……」

「気にすることはない。俺とこいつは一心同体だからな」


 文字通りというやつだ。

 あまり本体と離れすぎると、パスが切れてしまうからな。


「風の精霊の声は聞こえるのか?」

「はい、近づくにつれて、よりハッキリと聞こえるようになってきました」


 額に汗を流して、ヨタヨタと歩きつつも、ミサの目にはこれまでにないほど真剣な色が浮かんでいる。


「しかし、精霊か……」


 ますます、ファンタジーという感じだな。

 そういえば、まともな攻撃魔法なんかもまだ見たことがないのに、一足飛びに高位の存在と見えることになるとは。

 もっとも、確実に見つけられるとは限らないが。


「よし」


 気合いを入れ直しつつ、えっちらおっちら進んでいくと、やがて、森が開けた。


「おおっ……」


 思わず、声が漏れる光景だった。

 さながらグランドキャニオンのように聳え立つ、土壁でできた大渓谷。

 赤茶けた土が砂埃になって、宙へと溶けていく。

 運ぶのは、魔力の籠った翡翠色の風だ。


「ここが風の渓谷か」

「ハッキリと感じます。この奥に風の精霊の気配が……」


 もはや、確信めいたものに突き動かされるように、ミサが風の向こうの一点を見つめる。

 かなり危険だが、この奥にいるとなれば、行くしかない。

 俺は乳母車からネムを抱き上げると、抱っこ紐をきつく縛り、おんぶした。


「これでいい。さあ、行こう」


 渓谷の崖にある、細い通路を歩く。

 岩の質は脆く、今にも崩れてしまいそうだ。

 ゴーレムの肉体は人より重量があるので、なおさらだ。

 だが、そんな俺が先を進むことで、ミサの安全は確保できる。


「ここの地面はなんとか大丈夫そうだ」

「すみません。本当は私が……」

「気にすることはない」


 仮に、崖下に落ちたとしても、ゴーレムの身体能力であれば、安全に着地することもできる。

 そんなこんなで時に危ない場面もあったが、俺たちは順調に進んで行った。

 崖沿いの道を、慎重に歩き続けて、どれくらい経った頃だろうか。

 ミサの体力が流石に限界に近づいていた頃、不意に、彼女が顔を上げた。


「力が強まってきました。もう間も無く精霊達に会えます」

「確かに、そのようだ」


 先ほどから、身に受ける風の強さが、どんどん強まってきている。

 精霊との距離が近づいている証左だ。

 だが、同時に俺は気づいた。

 精霊とは明らかに違う、暴力的な魔力の塊が近づいていることに。


「ミサ、気をつけろっ!! 何か来る!!」

「えっ!?」


 精霊達にようやく会えると、綻んでいた顔が一瞬で恐怖に染まる。

 ミサの瞳に映ったのはそう……。


「ドラゴン……!?」

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