第25話 魔道具

「こんなところか」


 狩った魔物達の山を見ながら、俺はふぅ、と再び息を吐く。

 うん、軽く100匹は狩っただろうか。

 疲れ知らずのゴーレムボディだからこそできる芸当だな。

 流石に戦闘の連続で、内蔵魔力をかなり消耗してしまったが、逆に狩った魔物から消費した以上の魔力もいただいている。

 何これ、永久機関じゃん。

 この世界の普通の人間達と触れ合ってから、改めて感じるが、やはりゴーレムのボディというのはチートレベルだな。


「シュヴァル様、凄すぎます……」


 ミサですら、目を丸くしている。

 流石にやりすぎたかもしれん。

 とはいえ、これで十分仕事は果たせただろうし、街道を行く人々も安心できるだろう。

 と、ちょうど、その時だった。

 街道を街に向かって、一台の荷馬車がえっちらおっちらやってきた。

 おそらく行商人だろう。

 40代くらいで小太りの彼は、俺たちのすぐ傍までやってくると、倒れた魔物達の山に目を丸くした。


「お、おい、こりゃ、あんた達がやったのか!?」

「ああ、そうだ」


 そんな会話をしているうちにも、魔物達の身体が徐々に魔力の残滓になって、宙へと溶けていく。

 もしかしたら、魔物素材の仕入れでも狙っていたのかもしれないが、あいにく今回倒した魔物の中に、価値のある素材を得られそうなものはいない。

 そんな風に思っていたのだが、どうやら彼は単純におしゃべりしに来ているだけだったようだ。

 しきりに感心したような唸り声を上げた彼は、人好きのする笑顔を向けた。


「あんちゃん達、えらく強ぇんだな。おかげで、街道で襲われる心配も無さそうだ」

「ああ。これだけ狩っておけば、残っている魔物達も警戒するだろう。安心して、街まで行くといい」

「いや、助かる助かる。おっ、そうだ。あんたらも一仕事終えたなら街に帰るんだろう?」

「そのつもりだが」

「だったら、うちの荷馬車に乗っていくといい」

「いいのか?」

「その代わり、もし、魔物が出たら、その時はよろしく頼むよ」


 なるほど、護衛代わりということか。

 とはいえ、これだけ魔物達を狩った後だ。

 魔物に遭遇する確率は極めて低いと言えるし、おそらく善意で言ってくれているのだろう。

 俺とミサはお言葉に甘えることにした。

 荷馬車の出入り口にミサと横並びに腰掛けた。

 ミサの胸にはネムが抱かれている。

 昼過ぎの微睡の時間だ。

 ゴーレムの身体では、暖かさを直に感じることはできないが、俺の本体の気持ちよさそうな寝顔を見ていると、いかに麗らかな陽気かわかるというもの。

 その証拠に、ネムどころか、ミサまでもが、いつの間にか、うつらうつらと船を漕いでいた。

 しかし、絵になるものだな。

 陽光の中、子を抱く美女と揺れる荷馬車。

 まるで、西洋の絵画のようだ。

 ウトウトとしつつも、しっかりとネムを抱くミサの姿には、どこか母性を感じてしまう。

 いや、いかんいかん。

 俺の理想を彼女に押し付けてはいけないな。


「あんちゃん、起きてるかい?」


 御者台で手綱を取る商人の声が、背中越しに聞こえた。


「ああ」

「良かった。あんちゃんが座っているすぐ横に木箱がないかい?」

「ああ、これか」


 すぐ手を伸ばせば届く距離に、みかんの入った段ボールくらいの木箱がある。

 商人が言っているのはおそらくこれだろう。


「そりゃ、売りもんじゃなくて、趣味で集めた魔道具でね。興味があったら、ちょっと見てやってくれよ」

「ほう、魔道具とな」


 アーカイブを参照すると、魔力で不思議な効果を再現できるようにした道具らしいが……。

 ヘッドフォンのようなものやただの本にしか見えないもの等、いろいろあるが、どんな用途に使うのか全くわからない。

 商人には悪いが、ほとんどガラクタにしか見えないな。

 興味を無くし、木箱をそっと閉じようとしたその時だった。

 陽光を受けて、木箱の中で何かがキラリと光った。

 眩しさに、反射的にゴーレムの視覚の絞り値を切り替える。

 なんだ、これは……。

 よくよく確認すると、それはレンズだった。

 いわゆるルーペや虫眼鏡のような形状をしている。

 これも魔道具なのだろうが、どんな効果があるものなんだろうか。

 何気なしに、ゴーレムの目に当ててみたその時だった。


「なっ?」


 レンズ越しに見た、ミサの周りに、様々な文字が表示されている。

 力17、素早さ12、賢さ……。

 これは、もしかして、ステータスというやつか。

 その他にも、名前や年齢、種族などの基本的な情報から、なんとスリーサイズまでバッチリ公表されてしまっている……うん、でかい。

 いや、これはさすがに個人情報を暴いているようで……。

 良くないことをしている気分になった俺は、慌ててそのルーペ状の魔道具を外そうとしたのだが、最後にちらりと一つのステータスが目に飛び込んできた。


(なんだ。このスキルは……?)


 特別なものだと示すように、そのスキルだけは他の文字と色が違った。

 黄色く光ったそのスキルの名は【精霊━━】。


 「ん……シュヴァル様?」


 わずかに身じろぎをし、目を開くミサ。

 俺は慌てて、覗き込んでいたルーペを木箱にしまった。


「どうかされましたか?」

「いや……」


 気が動転して隠してしまったが、あのスキルは、もしかしてユニークスキルというものじゃないだろうか。

 色違いなだけでなく、スキル欄の一番上にあったということは、彼女が元来持っているスキルということでは?

 だとすれば、彼女の適性はおそらく……。

 ゴトゴトと揺れる荷馬車の上、黙り込む俺をミサは不思議そうに眺めていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る