第21話 冒険者ギルド

「どうでしたか。シュヴァル様?」

「ああ、それなりにはなった。そうだ、ミサ。昨日の宿泊費の分を返そう。ダメにしてしまったバンダナの分も」

「い、いいですよ!! そんなこと言い出したら、その……」


 何かが喉の奥に引っかかっているのか、ミサの顔が少し曇った。

 疑問に思い、問いかけようとしたその時、彼女の足が急に止まる。


「あ、ここです。私達、冒険者の拠点となっているギルドは」

「おお」


 ちょうど大きな道の突き当たりにあったのは、石造りの頑丈そうな建物だった。

 看板には確かにそう、冒険者ギルド、という表記がある。


「ここが……」

「少し見て行きますか?」

「ああ」


 前世では、あまりゲームなんてする機会も無かったが、それでも、ファンタジー小説などに度々登場するそれには、多少の憧れみたいなものはある。

 どんな屈強な冒険者達がいるのだろう、と門をくぐると同時に、ポンと何かが横合いから身体に当たった。


「ん?」

「い、痛た……」


 見下ろすと、ギルドの床に誰かが倒れている。

 もしかして、俺にぶつかって倒れてしまったのだろうか。


「すまない。大丈夫か?」

「あ、ひゃ、ひゃいぃ……!!」


 手を差し伸べると、あからさまにビビった様子で、件の人物はズザザッと後ろへ滑った。

 そして、そのままひょこひょことした動作で立ち上がる。

 年は、ミサよりも少し上くらいだろうか。

 寝癖のついたややボサボサのピンク髪に、この世界で初めて見るメガネをかけた女性だ。

 多少くたびれてはいるが、スーツのような服を着ているところから見ると、冒険者ではなく、このギルドの職員なのかもしれない。


「た、たいひぇん、失礼致しました!!」


 ヘドバンレベルで、何度も頭を下げる姿には、若干狂気を感じるが。


「あなたは、このギルドの職員か?」

「ひぇっ!? わ、私はその……受付嬢(研修中)のルーミと申しますです!!」


 へぇ、やっぱり、受付嬢っているんだな。

 って、研修中?


「ルーミさん、ご無沙汰しています」

「ああっ、ミサさん!! よかった!!」


 俺から距離を取るように、弧を描いて移動しながら、ルーミはミサの腕に抱きついた。

 そんな様子を見つつ、ミサが苦笑する。


「申し訳ありません、シュヴァル様。ルーミさんって、ちょっとその……怖そうなものが苦手で」

「なるほど」


 漆黒の鎧を身に纏い、身長2メートルを超すか超さないかという巨漢だ。

 確かに、一般人から見れば、十分"怖い"部類に入るだろう。


「心配しなくて良い。あなたに危害を加えるつもりは毛頭ない」

「そ、そ、それはぁ……わかってるんですがぁ……!!」


 ふむ、俺の赤ん坊状態の時と同じか。

 意識では抗っているが、それでも泣いたり、用を足したりを我慢できない。

 本能には逆らえないと言うことか。

 人それぞれだとは思うが、冒険者には屈強な野郎も多いだろうに、よくこんなんで受付嬢が務まるな。


「困りましたね……。あっ、そうだ」


 ミサが何かを思いついたように、俺が押していた乳母車から、ネムを抱っこした。

 油断していたところからの突然の浮遊感に、息子がヒュッとなる。


「ほら、ルーミさん。見て下さい。可愛い、可愛い赤ちゃんですよ」

「赤…ちゃん……?」


 それまで俺への恐怖心で視野が狭くなっていたのか、初めてネムを真正面から見たルーミは、打って変わって、目を輝かせた。


「赤ちゃん、可愛い……」

「ネムちゃんと言います。シュヴァル様のお子さんなんですよ」

「ネム……シュヴァル……」


 見比べるように、目の前のネムとゴーレムの間で、視線が行ったり来たりしている。


「可愛い……怖い……可愛い……怖い」


 そのどっちも俺なんだがな。

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