第20話 換金所

「もう、びっくりしました」


 心底ホッとしたように、ミサが胸を撫で下ろす。

 もちろんすでに替えに服に着替え終わった後だ。

 ミサの魔性の肢体に目が釘付けになってしまうことになった俺だったが、ゴーレムとのパスを切ることで、見事に煩悩を祓い鎮めた。

 ふむ、やはり赤子の身体だけにいるうちは、成人男性としての本能はどこかに行ってしまうらしい。

 それなら、ゴーレムだって、生身の肉体ではないのだから、大丈夫そうにも思えるのだが、感覚的に大人の男の肉体と自認しているせいか、前世の年齢相応の欲求は感じてしまうようだ。

 そうは言っても、前世で取り立ててそういった欲求が強かったというわけでもないのだが……たまってるのか、俺。


「いきなり、倒れちゃうなんて」

「すまない。少し気が動転した」

「いえ、その……お見苦しい物をお見せして……」


 恥ずかしそうに、両の手で胸を隠すようにするミサ。

 いや、その動作はかえって扇状的なんですが。

 こちらからも、きちんとした謝罪の言葉を探していると……。


 くぅー。


 ミサの横長のおへそから、可愛い音色が響いた。


「あっ……」

「ははっ。ネムのミルクもなんとかなったし、次は、俺達の朝食だな」


 お腹を抑えつつ、恥ずかしそうにミサは頷いたのだった。




 さて、宿で軽めの朝食を摂った(俺はまた食べるフリだが)後、俺たちは街へと繰り出した。

 目的はいくつかあるが、まずは先立つものを確保しておかねばならない。


「ここが換金所です」

「ほう」


 乳母車をガラガラと押しながらやってきたのは、年季の入った看板を掲げた換金所だった。

 前世にあったパチンコ店の換金所みたいなものとは少し違い、値の付きそうな物と金を交換してくれる場所だ。

 いわゆる質屋という形態に近い。

 うん。ゴーレムのアーカイブで三ヶ月間勉強していたおかげか、文字もちゃんと読めるな。

 

「頼もう」


 飲み屋に入るかのように、簾を退けながら、建物の中へと入る。

 まるで占いの館のように、薄暗い空間。

 その中央には、直接店主と客が接触できないような、格子付きのカウンターが設置されていた。


「初めて見る顔だね」


 格子越しに、かなり年嵩の女性が、ニヤリと魔女のような笑みを見せた。

 客が来たというのに、手放すこともなく、ふかしているキセルの紫炎も含めて、ちょっと不気味だな。


「シュヴァルという。この街には昨日着いたばかりだ」

「質種は、その乳母車かい?」

「いや、違う」


 ゆらりと覗き込むように立ち上がった老婆は、乳母車に寝かされたネムの姿を見て、目を細めた。


「まさか、子供を売ろうってんじゃないだろうね」

「そんなことするわけがなかろう」


 そんな発想になること自体驚いたが、現代日本と違って、もしかしたら、ここではそういうことも当たり前のように行われているのかもしれない。


「ふん。近頃はそういう輩も少なくないからね。あんたも、子連れの旅なら、子供のことはしっかり守ってやんな」

「そのつもりだ」


 それから、俺はゴミ山で狩っておいた動物達の革を卸した。


「買取でいいんだね?」

「ああ、いくらになる?」

「まあ、この質でこの数だと、金貨5枚ってとこかね」


 ふむ、確か昨日の宿代が銀貨3枚ってとこだったか。

 金貨1枚は銀貨10枚程度の価値があるので、これを売れば、半月分程度の宿泊費にはなる。


「では、それで。できれば全部銀貨でくれると助かる」


 大きな買い物より、オムツのような細々とした買い物の方が多そうだからな。

 若干嫌な顔をした老婆だったが、仕方ないね、と銀貨で50枚をずた袋に入れて、カウンター越しにこちらへと寄越した。


「ちなみになんだが、ゴーレムを動かせるような魔石だと、どれくらいの値になる?」

「ゴーレムコアかい? そんなもん、最近じゃほとんど出回らないからね……。希少性を考えると、金貨50枚は下らないかね」


 金貨50枚!?

 ふむ、思っていた以上に、ゴーレム用の魔石には価値があったらしい。

 昨日、ミサの手切金代わりに、あのパーティーの連中に渡した魔石は三つ。

 つまるところ、金貨150枚以上の価値があったということだ。

 ミサの価値は何物にも変えられないから、その点について後悔はないが、あのパーティーがそれだけ潤うと思うと少し腹が立つな。

 まあ、古戦場の地面には、まだいくつか修復していない段階のゴーレム魔石を埋めてある。

 この街での生活の目処が立ったら、一度、掘り出しに行くのも悪くないだろう。

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