第18話 瓜坊

 天国と地獄とはこのことか。


 さて、ミサのパーティー放逐騒動の一件から一夜明け、俺はなんとも言えない気分を味わっていた。

 端的に言えば、ネムの世話がめちゃくちゃ大変だったという件についてだ。

 ミサと3日間、一緒に過ごす約束を交わした後、すぐに俺とミサは、ネムの世話に奔走することとなった。

 なにせ、お互い、赤ん坊の世話をするなんて初めてだ。

 それに道具も何もない。

 おしめなんて当然用意できるはずもないので、下腹部を拭いたあと、ミサが持っていたバンダナを、おしめ替わりにそれっぽく巻いた。

 その後は、酒場(あの一件とは別の酒場だ)でミルクを手に入れるものの、なかなか飲もうとしない。

 ミルクが冷たすぎるせいかとミサが人肌で温めて、温めて、なんとか飲むことができた時には、二人して胸をなでおろしたものだ。

 まったくもって、自分の身体だというのに、制御がままならない。

 このゴーレムの身体の方が、よほど自在に動かせるくらいだ。

 はてさて、そんなことをしているうちに、すっかり夜も更けてしまい、結局、ミサも俺の宿で寝ることになった。

 こんな深夜に新たに部屋を取ることもできず、相部屋だ。

 ゴーレムの身だし、俺は外で寝る、と申し出たのだが、一緒の部屋で構わないと、結局押し切られてしまった。

 さすがに寝場所については、俺も引くに引けず、彼女にベッドを使ってもらい、俺は部屋の椅子で座りながら眠ることにした。

 そして、俺の本体であるネムはというと、再びミサの胸の中だ。

 ああ、やはりミサに抱かれていると、本当に安らぐ。

 豊満な胸だ。

 ゴーレムに意識を預けている時の俺だったならば、性欲を感じざるを得ないのだろうが、なぜか、赤ん坊の状態だと、そんなもの一切感じない。

 ましてや、ゴーレムとのリンクを解除している時ならなおさらだ。

 人肌を感じながら、穏やかな眠りについた俺は、翌朝、清々しい気持ちで……目覚められなかった。


「おんぎゃああああ!!!!(うおぉおおおおおお!!!! やっちまったぁあああああああ!!!)」


 下腹部のムズムズした感覚と、目を覚ましたのはほぼほぼ同時だった。

 昨日の今日で、また、粗相である。

 それが乳母車に乗せられている時ならば、まだ、良かった。

 今はそう……ミサに抱かれたままだ。


「あっ……」


 ミサの小さな声が、耳に届く。

 温かな感触が胸元に広がったことで、彼女も目を覚ましたようだ。


「す、すまぬ!!!!」


 一瞬で、ゴーレムとのパスを繋ぎ合わせた俺は、ミサに平謝りした。


「あ、シュヴァル様……おはようございます」

「おはよう!! ではなくて、そのだな……」


 彼女は寝起きのぼんやりとした顔で、まだ、ぽやぁっとした空気を纏っている。

 ネムの粗相に気づいているのかいないのか……。


「ネムがお漏らしをしてしまった」

「あー、そう言えば、なんだか温かいですね」


 まるで、気にした風でもない。

 彼女は「あらあら、まあまあ」とネムを持ち上げると、びっしょりとしてしまった下腹部を見た。

 昨日もそうだったが、赤子とはいえ、自分の失態をこんな風にマジマジと見られると、恥ずかしいな。


「替えのバンダナあったかな」

「いや、さすがに2度も君のバンダナをおしめ替わりにするわけにはいかん」


 昨晩はやむを得なかったが、彼女の私物を俺のお漏らしで汚してしまうことはもう避けたい。

 となれば、夜なべして作った"あれ"の出番だ。

 俺は、売り物として用意しておいた獣の皮を繋ぎ合わせ、簡易のおしめを完成させていた。

 多少はごわごわするだろうが、頑丈さは折り紙付きだ。


「うわぁ、かぁわいい。まるで瓜坊ですね」


 獣のパンツを履いたネムの姿は、確かになかなかに可愛らしい。

 なんだかんだ、こうやって見ると、俺ってば、なかなかに将来有望な美男子なのではないだろうか。

 ほぼ眠っているのでわかりにくいが、目はクリクリっとしているし、アッシュグレイの髪も、自然な癖がついて良い感じに見栄えがする。

 ミサが熱を上げるのもわからないでもない。

 これだけ器量が良ければ、引き取りたいという義母が見つかるのも、そう遠くないことかもしれない。


「うっ……」


 その時、ネムの腹が小さくくぅーと鳴った。

 マズい。 

 また、ぐずってしまいそうだ。


「この時間なら宿の主人からミルクも調達できるだろう。行ってくる!!」

「あっ、シュヴァル様」


 ミサにネムを任せたまま、ゴーレムボディの俺は、そそくさとミルクを貰いに行ったのだった。

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