第17話 拠り所

「どうしよう……」


 青ざめた瞳で、地面を見つめるミサ。

 事実上のクビを言い渡された彼女は、茫然自失としたまま、酒場の外で立ち尽くしていた。

 パーティーから放逐された事は、彼女にとって、それだけショックな事だったのだろう。

 彼女のこんな顔を見たいわけじゃなかった。

 俺は、彼女を最悪の場所から、救い出してあげたい。

 その一心だった。

 だが、それは結果として、どうだったのか。

"拠り所"を失った彼女は……いや……違う。


「ミサ」


 彼女のもたげたままの頭を、ゴーレムの乏しい触覚を通じて、可能な限り優しく撫でた。


「シュヴァル……様……?」

「聞かせてくれ、ミサ。君とあの仲間達の話を」


 それから、落ち着ける場所まで移動すると、ミサはポツリポツリと話してくれた。 

 あのパーティーのメンバーは同郷の友人で、冒険者になるために、一緒に街に出てきたこと。

 きっかけは、シンがユニーク職業である"勇者"として、覚醒したからだったということ。

 メンバーの職業のバランスを取るために、自分が適正外の盗賊という職種についたこと。

 それでも、やっぱり役に立てなくて、仲間から邪険に扱われていたこと。


「私、本当に何をやってもダメで……」

「それは、ミサのせいじゃない」


 ミサの適正は、明らかに盗賊向きではない。

 身体能力の面や性格の面でもそれは明らかだ。


「そう言って下さるのは、シュヴァル様が優しいからです」


 違う、と言いたかったが、きっと彼女は頑なだろう。


「里を出てから、ずっとそうなんです。あまりに役立たずすぎて、みんなに愛想を尽かされてしまいました。それで、パーティーに残る、最後のチャンスだと、宝探しを言い渡されたんです。古戦場まで行って、価値のあるものを見つけられたら、パーティーに残っても良いって」

「そんな事を……」


 はっきり言って、ミサ一人で、あの古戦場まで来られたことは奇跡に近い。

 事実、俺と出会わなければ、彼女は今頃、ガルム達のエサになってしまっていたことだろう。

 おそらく、彼らもそれをわかってやっている。

 危険かつ、確実にお宝が手に入れられるとは限らないような僻地に、彼女を単身追いやったのは、断じて許せることではない。


「許せん」


 怒りのあまり震える俺の手を、ミサの手がそっと包み込む。


「ミサ……」

「シュヴァル様がお怒りになることじゃありません。それに、こんな私にチャンスをくれたんです。みんなには頭が上がりません」


 違う。

 違うんだ、ミサ。

 これは洗脳だ。

 お前はダメな奴で、俺達だけが、そんなお前をパーティーに入れてやっている。

 そう思いこまされているだけだ。

 前世では俺もそうだった。

 母という存在が絶対で、見捨てられたら終わりなのだと、そう思い続けていた子供時代。

 今から考えてみれば、自分でも健気だと思うくらい、何でも母の言うことには従った。

 どんなに辛い事でも、痛い事でも、泣き言一つ言わずに唯々諾々と。

 その時の俺には気づけなかった。

 世界は広くて、ここではないどこかに、もしかしたら、もっと自分が自分らしく生きられる場所があるかもしれないということに。

 彼女がいたあの狭い場所を、彼女の"拠り所"のままにしてはおけない。


「ミサ」


 彼女の両肩に手を置き、ゴーレムの赤い瞳で、真っすぐに見つめる。


「1週間……いや、3日間だけでいい。俺と、そして、ネムと一緒に過ごしてみて欲しい」

「えっ……?」

「パーティーは組まなくて構わない。ただ、一緒にいてくれるだけいいのだ。それからの事は、ミサの自由にしていい。元のパーティーに帰りたいというなら、俺はいくらだって、あいつらに頭を下げてやる。他のパーティーに入りたいと言うなら、それも全力で手伝おう」

「シュヴァル様、なぜ、そこまで……?」

「俺がそうしたいからだ。これ以上の問答は不要」


 とにかく今は彼女に、他の世界もあるのだ、ということを知って欲しい。

 その上で、どうするのかを決めるのは、彼女自身だ。


「さあ、そうと決まれば、さっそくなんだが」


 ゴーレムの身体で、疑似的に息を吐きつつ、俺は言った。


「こいつのおしめを換えるのを手伝ってくれないか……」


 空気を読んでか、これまではなんとか我慢していた俺の本体が、豪快に泣き声を上げたのだった。

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