第16話 放逐

「……バブみ」

「は?」


 思わず、口をついて出てしまった言葉に、自分で首を横に振る。

 違う。

 いや、違わないのだが、この場で伝わる言葉じゃない。


「彼女はこの子を優しく抱きあげてくれた。あの時の聖母のような笑顔に俺は救われた」


 ゴーレム視点での言葉ではこうだ。

 だが、実際に抱き上げられた俺にしてみれば、もっとその言葉は重かった。

 救われたというのは、決して誇張じゃない。

 なんだかんだ虚勢を張っていたが、あのゴミ山で過ごした3カ月間、辛くないわけではなかった。

 生きるために、孤独と戦いながら、ただただ魔物を狩り、ゴーレムを改造していった。

 そんな中で、俺には前世のように、今世でも生きていく価値なんてないのではないかと何度も考えた。

 だけど、彼女に出会い、その両腕で抱き上げられた瞬間、そんな想いは氷解した。

 この世界で生きてみても良いか、初めてそう思えた。

 彼女にとっては何気ない、当たり前の行動だったのだろうが、それでもやはり、俺は彼女に救われたのだ。


「こんな怪しい鎧男に親身になってくれた。彼女の優しさと包容力、それは何よりも大きな価値だ」


 力強く、俺は言い切った。

 俺の言葉に、その場の空気が一瞬止まる。

 そして……。


『あーはっはっはっはっ!!!!!』


 爆笑とはこういうことを言うのだろう。

 目の前のミサの仲間達だけでなく、いつしか俺達の会話に聞き耳を立てていた周りのテーブルの冒険者達まで含めての大合唱だ。


「あー、あー、なんだ。要するにおっさん、こいつにホの字なのかよ?」

「まー、この娘、身体だけはいっちょ前にエロいもんね」

「でも、止めておいた方がいいぜ。こいつ、俺達の命令は大概聞くのに、夜の誘いだけは絶対に──」

「シュヴァル様は、そんな人じゃありません!!!!」


 再びの静寂を作ったのは、俺ではなく、ミサだった。

 机をバンと叩いて、大声を上げながら立ち上がった彼女に、驚いたローシュが椅子から転げ落ちた。

 仲間達も目を皿のようにして、驚いていた。

 それほど、ミサが声を荒げるというのは珍しいことなのだろう。

 俺も思わず、びくりとした。

 自分自身でも、己の行動にびっくりしたのか、ミサはハッとしたような顔で固まっていた。


「なんだよ。てめぇも、すでにその気か?」

「ち、ちがっ……」

「だったら、どこへでも行けよ。この役立たず」


 腰を強かに打ち付けたローシュが、吐き捨てるように言う。

 仲間達も、異論はないと言うように頷いた。


「さっきも言ったよ」


 先ほども唯一笑ってさえいなかったシン。

 パーティーのリーダーであるらしい彼は、底冷えするような冷淡な声で、こう言った。


「君はもう必要ない」

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