第14話 彼女の事情

「ここか」


 ミサの宿泊場所を探し始めて、15分ほど。

 俺は目当ての宿酒場を発見した。

 ほとんど名前しか情報を知らなかったものの、おおよそ明かりの多い賑やかな方へと進んでいるうちに、比較的すぐに見つけることができた。

 スイングドアの玄関越しには、いかにも楽しげで明るい雰囲気が伝わってくる。

 ミサが常用しているということだから、きっと冒険者達が集まる宿酒場なのだろう。


「子連れでは、悪目立ちするかな……」


 とはいえ、ここまで来て引き返すという選択肢もない。

 その上、本体のムズムズと空腹が限界まで来ている。

 放っておけば、また、いつ泣き出してしまうかもわからない。

 俺は、意を決して、スイングドアを開けた。

 中に入ると、酒場は思った以上に広かった。

 丸テーブルがいくつも並び、そのどれもが、客達で埋まっている。盛況だ。

 子連れの騎士風巨漢などいたら、もっと注目が集まるかとも思ったが、皆、自分たちのおしゃべりに夢中なのか、こちらを気にするそぶりを見せたのはほんの数えるほどだ。

 さて、ミサはこの中にいるのか?

 グルリと見回すと、カウンター席に一番近い右奥の丸テーブルに、ミサの後ろ姿を見つけた。

 よかった。

 ホッと、胸を撫で下ろす。

 ほんの短期間のうちに、俺は自分で思っていた以上に彼女を頼りにしていたらしい。

 食事中に声をかけるのは憚られるが、彼女ならきっと快く手を貸してくれるだろう。

 安心感と共に、背中越しの彼女に声をかけようとしたその時だった。


「で、何の成果もなく、帰ってきたってわけか?」


 鋭い言葉を聞いて、歩が止まる。

 威圧的な態度で言葉を発したのは、ミサの右斜前に座っていた若い男だ。

 短い黒髪で、簡素なプレートアーマーに身を包んでいる。

 すぐ傍に、ロングソードを立てかけているところをみると、どうやら戦士だろう。

 よくよく見れば、丸テーブルをグルリと囲むメンバーは、それぞれ別の職種に見える。

 おそらく、ミサのパーティーメンバーと言ったところだろうが……。


「あぁ? 何とか言ってみろよ」

「そ、その……」

「やめたげなよぉ、ローシュ。また、この娘泣いちゃうよぉ」


 ローシュと呼ばれた戦士風の男の横では、とんがり棒を被った魔法使い風の女がそんなフォローを入れる。

 いや、フォローと言うには、長いピンク髪の襟足をクルクル巻きながらの気怠げな態度は、いささか無関心にも見える。


「泣こうが、何しようが知ったことかよ」


 鞘のままの剣を手に取ると、男はパシパシと手の平でそれを打つ。


「役立たずには、それなりに仕置きが必要だろう。なぁ、シン」


 促されるように、ちょうどミサの対面に座っていた、おそらくリーダー格であろう青髪の美男子が閉じていた瞼を開けた。


「ミサ。僕は君に期待していたんだ」

「シン様・・・」


 口調は柔らかだが、どこかその声には冷たさがあった。


「だけど、君は僕の期待を裏切った。古戦場くんだりまで行って、価値のあるもの一つ持ち帰ることができなかった。せっかく最後のチャンスをあげたっていうのにね」


 深々と嘆息すると、彼はついに言った。


「もういい。君は必要ない」


 突き放すような、何の配慮もない言葉。

 その言葉を聞いて、ミサの後ろ姿がビクリと震えた。


「そんな……。シン様!! 私もっと頑張ります!! ですから……」


 立ち上がり、懇願するミサ。

 だが、シンと呼ばれたリーダー格の男は、全く表情を変えることもなく、冷めた態度でミサを見ていた。

 その目を見て、自分が見られているわけでもないのに、ビクリとした。

 何の期待もしていない目。

 その辺りのゴミを眺めているのと変わらない、無感情な瞳。

 俺は、前世で、こんな瞳を幾度となく見てきた。

 目は口ほどに物を言う。

 冷徹なその眼差しは、シンのミサに対する関心の無さを如実に語っていた。


「お願いします! お願いします!!」

「見苦しー」

「さっきも言ってただろ。今回が最後のチャンスだったんだ」


 魔法使いと戦士は、それぞれニヤニヤと楽しそうに、必死に頭を下げるミサを見ている。

 もう一人の僧侶風の女性も、言葉は発することはないが、その口元には馬鹿にするような笑みが浮かんでいた。


(ミサ……)


 あれだけ明るく、律儀だったミサの痛々しい姿を見ていられない。

 沸々と湧き上がってきた怒りのまま、気がつくと、俺はゆるりとテーブルに近寄っていた。

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