第12話 買い物時の記憶
と、あまりのドジっぷりに、ちょっと引いていたゴブリン達が、再び動き出した。
このままでは、あの桃尻から丸齧りになってしまう。
「散れ」
ゴーレムの馬鹿力で地面を踏みつける。
すると、振動と抉られた地面を見た、ゴブリン達は驚き、逃げ去っていった。
「大丈夫か。ミサ」
安全を確保した後、ミサに駆け寄ると、彼女はシクシクと泣いていた。
「シュヴァル様。すみません。お役に立てず」
「いや」
むしろ、良い尻を拝ませてもらった、とは流石に言えない。
「私、本当にドジで、いつもこんな」
「いつもなのか……」
流石に、フォローもできないほどのドジっぷりだ。
よく一人であのゴミ山まで来られたな。
というか、明らかに盗賊としての適性がない気がしてならないのだが。
「シュヴァル様達のお役に立ちたかったのですが、面目ないです」
恐縮しきりのミサだが、ゴブリン程度の魔物ならば、俺にはさしたる脅威ではない。
「戦闘は任せてくれ。ミサは周囲の警戒を頼む」
「わ、わかりました!!」
お尻をふりふり、周囲を警戒しながら、歩き始めるミサ。
……このまま眺めてるのもいいか。
その後ろを乳母車を押した俺はゆっくりと着いて行ったのだった。
「着きましたぁ」
ミサの心底ホッとしたような声と共に、たどり着いたのは、思っていたよりも、ずっと立派な街だった。
周囲をぐるりと堅牢そうな石壁に囲まれており、さらにその周りには堀がある。
街の中へと接続する跳ね橋には、早くも露店が広がり、オープンな雰囲気が垣間見えた。
「凄い人だな」
「間もなく陽が落ちますから。夕食の買い物に来ている人も多いのかと」
なるほど、言われてみれば、主婦といったような雰囲気の女性が多い。
(そういえば、あの女が料理なんてしてるところ、一度も見たことなかったな)
人々の当たり前の営みに、それすらも許されなかったかつての自分の姿を思い出し、少しだけ気落ちしてしまう俺。
そんな俺の様子を敏感に感じ取ったのか、ミサが首を傾げた。
「どうかされましたか、シュヴァル様?」
「いや、何でもないんだ」
切り替えるように、俺は天を仰ぐ。
「すまないが、路銀がなくてな。手持ちの物を換金したいのだが、そういったことができる店はあるか?」
「換金所でしたら、街の西側にありますが、この時間だと、もう閉まってしまっているかも」
「そうか」
ふむ。
ゴミ山で見つけておいた価値のありそうな物を換金して、宿泊代に充てようと思っていたのだが、当てが外れてしまったようだ。
さて、どうしたものか、と思い悩んでいると。
「あの、宜しかったら、宿を紹介させて下さい」
「いや、だが、路銀が」
「助けていただいたお礼に、それくらいは私に出させて下さい」
実際のところ、この街まで案内してもらったので、トントンだと思っていたのだが、彼女の方は、必要以上に恩義を感じてくれていたらしい。
いまだに、様呼びだしな。
「願ってもない申し出ではあるが……」
「むしろ、お礼をさせて頂かないと、私の気がおさまりません」
まあ、そこまで言うなら。
こうして、彼女に案内されるままに、街の南東あたりにある宿屋へと辿り着く。
初めての経験だったが、支払いも含めて、ミサが全てやってくれたおかげで、俺はスムーズに宿泊の手続きを終えることができた。
「色々と世話になったな」
「いえいえ!! むしろ、こんなことしかお礼できず!!」
しきりに恐縮するミサだったが、彼女と出会っていなければ、俺がこうやって人のいる場所まで辿り着くのはもう少し遅くなっていたのは間違いない。
世界の広さを知るきっかけを作ってくれた彼女には、俺も感謝していた。
「えっと、その、シュヴァル様は、しばらくは街に滞在されるのですか?」
「そうだな。まずは、腰を落ち着けて、情報を集めるつもりだ」
「で、でしたら、また、ネムちゃんに会いに来ても構いませんか……?」
少しだけ、モジモジとしながら、彼女は尋ねてきた。
どうやら、この短い旅路の中で、
ほとんど寝てばかりなので、どちらかというとこちらのゴーレムの方が本体という感覚になりつつあるが、やはり嬉しいのは嬉しい。
「当然だ。この子も喜ぶだろう」
そう言えば、すっかりネムという名前が定着してしまったな。
人からもらった名前には、嫌な記憶があったが、なんだかこの名前にはそんなマイナスな感情が一切しなかった。
きっと、名付けてくれた彼女が、俺の事を本当に大切に思ってくれたゆえだろう。
ネムという名前をくれた時の、あの心からの笑顔が俺は忘れられなかった。
去り際、最後にもう一度だけ、と彼女は俺を抱き上げると、優しく頭を撫でてくれた。
ああ、なんて幸せなのだろう。
うん、やっぱり彼女は今の俺にとって、必要な存在だ。
もし、彼女が、俺の母親代わりになってくれたなら……。
「私、この街では、
「ありがとう。とても助かる」
「それでは、これで失礼します。またね、ネムちゃん」
そう言って、笑顔で去っていった彼女の後ろ姿を、俺は宿の主人にせっつかれるまで、しばらく見つめていたのだった。
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