第9話 さらば、ゴミ山

「…………良かった」


 一晩中、美少女に抱かれるという快楽に酔いしれた俺は、悟りでも開いたかのように謎の万能感に満たされながら朝を迎えた。

 両親に優しくされた経験のない俺にとっては、少しばかり刺激の強すぎる体験だったが、人肌を感じながら眠るということの良さを改めて感じさせられた一夜だった。

 豊満な胸に抱かれ、柔らかな感触と安らかな吐息を感じながら目を閉じれば、そこにあったのは桃源郷だ。

 夢にまで見たユートピア。

 俺も、男だ。

 美少女の乳や尻に魅力を感じないわけではないが、そんな男としての下心とは全く違う、感じたこともない多幸感がそこにはあった。

 うん、やっぱり、ここを出て理想の両親探しをしよう。

 呪いうんぬんは嘘っぱちだが、実際に赤ん坊の俺の成長は止まっているわけだし、瓢箪から駒って事もあり得る。

 色々と問題を解決した上で、俺を引き取ってくれる最高の両親を探す。それも悪くないだろう。

 何にせよ、まずは、この世界の事をもっと把握しないとな。


「さて、そろそろ行くとするか」


 火の始末を終えた俺は、本体ネムを乳母車に乗せ、荷物をまとめた。

 このゴミ山で得たものはそう多くないが、いくつか価値のありそうなものは拾ってある。

 それらの中でも、運びやすそうなものだけを袋に詰め込み、残ったものは穴に入れて埋めておく。

 何かあった時、また、ここに戻ってきて掘り返すのもいいだろう。


「そう言えば、ミサは、なぜ、こんなところに来たんだ?」

「えっ、その、宝探しというか……」


 要するに、ゴミ山を漁りに来たということか。

 この辺りの状況やゴーレムボディのアーカイブを参照すれば、このゴミ山がかつての戦場跡だったことには容易に想像がつく。

 実際の合戦からはかなり年月が経っていそうではあるが、貴金属類や魔石等、価値のあるものが埋まっている可能性がないとは言い切れない。

 事実、俺は奇跡的に、なんとか修理すれば使えるレベルのゴーレムを見つけることができたわけだしな。


「このまま街に帰ることになるが、宝探しはしなくていいのか?」

「場所は把握できましたし、今度はもっとちゃんと準備してきます」


 風化した兵器の類やボロボロのゴーレムの山を見るにつけ、一人で探索するのは無理と悟ったのだろう。

 三か月もここにいた俺ですら、価値のありそうなものはいくつも見つけられていないので、賢明な判断と言える。


「では、行くとしよう」


 こうして、俺はこの世界での生活の拠点となっていたゴミ山を後にした。

 ガラガラと乳母車を押しながら、森の中でも、できるだけ平坦そうな道を選んで進んでいく。


「こちらでいいのだな?」

「はい、このまま東に進んでいけば、川があります。そこまでは、なるべく歩きやすそうな道を選んで進んでいければ」


 方向感覚には自信があるのか、はっきりとした口調だ。


「それにしても。ネムちゃん、ずっと起きませんね。夜泣きもしませんでしたし」

「呪いの影響で、ほとんど寝てばかりだ。食事も摂らないし、排泄をすることもない」

「そうなんですか……」


 同情を含んだ表情で、ミサは目を細める。

 半分は本当とはいえ、心が痛むな。


「赤ん坊のお世話って大変は大変だと思いますけど、これだけ何もできないと、逆に寂しくなりますね」

「ミサは、えらくネムの事を気にかけてくれるんだな」

「当然ですよ。こんなに可愛らしいのに」


 ぷにぷにと、俺の頬をつくミサ。

 意識はゴーレムに寄せているが、それでも身体の感覚はしっかりと感じている。

 グローブ越しとはいえ、なんだかくすぐったい。


「赤ちゃんは、全人類の宝ですから。あれ、シュヴァルさん、どうかされましたか?」

「いや、何でもない……」


 ゴーレムの身体では、涙なんて流れるわけがないのに、思わず目頭を押さえる。

 それくらい、当たり前のようにそう語る彼女の言葉が胸に染みた。

 俺の親も、彼女の十分の一でも、自分の子どもに対する愛情があれば……。

 ままならないものだ。

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