第8話 親子の設定を決める

「その……シュヴァル様は、旅人ということですが、どちらに向かっていらっしゃるのですか?」


 若干おそるおそるというように、彼女が問いかけてくる。

 まあ、そういう話になるよな。

 俺は、彼女の食事を眺めながら、頭の中で考えていた設定を披露する。


「目的地はない。俺は、息子にかけられた呪いを解く方法を探している」

「呪い……!?」

「ああ」


 どこか虚空を見つめて、視線を彷徨わせる俺。


「ほんの1年ほど前の事だ。その子……ネムは、とある悪魔に呪いをかけられた」

「それはいったい……?」

「"成長阻害"の呪いだ。おかげで、1年も経つのに、その子の成長は止まったままだ」


 ガガーンという効果音が聞こえそうなほどに、彼女が驚愕の表情を浮かべる。

 視線は自然と"俺"へ。

 今の俺本体の身体は、どう見ても生後3,4か月ほど。

 1歳以上にはとても見えない。


「悪魔は撃退できたが、息子の呪いは解けず仕舞いだ。だから、一緒に世界中を回りながら、その方法を探している」

「そう……だったんですね」

「ついでに言えば、俺自身も同じ悪魔からある呪いを受けていてな。君に素顔を晒せないことを申し訳なく思う」

「い、いえ、そんなこと全然……!!」


 俺の呪いについてももちろん嘘だ。ある程度濁しておいた方が、嘘というのは後から融通が利く。

 色々聞きたい事もあるだろうに、あまり自分の方から詮索するのは憚られたのか、彼女は神妙な顔で地面を見つめた。

 こんな怪しげな作り話を信じて、親身になれるなんて、やはりこの娘は相当のお人よしだな。

 本当に、なんでこんな娘が"盗賊"なんて職業をやっているんだか。


「君が気にすることじゃない。それに、今のままでも、それなりに満足な生活はできている」

「でも、色々とご不便もあるかと思います。私にできることでしたら……」

「だったら、明日、君が拠点にしている街に案内してくれないか。この辺りは、土地勘がなくてな。迷っているうちにすっかりこの辺りで生活するハメになってしまった」


 出来るだけ冗談めかして言うと、彼女の顔がパッと輝いた。


「そんなことで宜しければ、もちろんご案内させて下さい!!」

「では、今日はもう寝るとしよう」


 ゆっくりと立ち上がると、俺は、獣皮を繋ぎ合わせて作ったテントを指差した。


「今日は、そこの天幕で休むといい。粗末だが、意外と寝心地は悪くない」

「えっ、でも……」

「俺は、火の番でもしながら、夜を明かすつもりだ。慣れたことだし、君が気を使う必要はない」

「そ、そういうわけには……」


 夜の番まで任せるのは気が引けるのか、渋っていた彼女だったが、一瞬の葛藤の後に、やがて首を縦に振った。


「いえ、わかりました。申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせていただきます」


 それは、冒険者なりの判断だったのだろうか。

 何にせよ、ようやく彼女は一人で寝ることを承諾してくれたようだ。


「あ、そうだ」


 何かを思いついたように、彼女はポンと手を叩いた。


「ネムちゃんも、天幕で寝た方が良いですよね。私が一緒に寝ても良いでしょうか?」

「あ、ああ、それは、全然構わない。いや、むしろ、助かるが」

「でしたら、そうしますね♪」


 なんだか、少しご機嫌な様子で、乳母車でから"俺"を抱っこするミサ。

 再びやってきた抱っこされる感覚に、思わず背筋がふにゃりとする。

 えっ、ちょっと待って。

 これ、このまま抱いて寝るってことだよな……!?


「では、おやすみなさい。シュヴァル様」


 そう言って、にこやかに天幕の奥へとミサは消えて行ったのだった。

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