第6話 異世界での名前
「ところで、この可愛らしい赤ちゃんは何というお名前なのですか?」
「名前? あー、名前はまだないのだ。事情があってな」
「そうなのですか?」
怪しまれるかと思ったが、やはり天然っぽい彼女は、そのまま呑み込んだ。
「でも、名前が無いと困ってしまいますね。赤ちゃんと呼ばせていただくのも、味気ないですし」
「まぁ、そうだな」
確かにずっとこのゴミ山にいるわけでもなし、そろそろ名前くらいは用意しておかないと、また困ることになる。
「その、寝顔が凄く可愛らしいので、仮に"ネムちゃん"と呼ばせていただいても構いませんか」
「ふむ」
適当な名づけにも思えるが、不思議と嫌な感じはしなかった。
いや、むしろ、前世でのキラキラネームに比べれば、ずっとマシに感じる。
暫定としてなら、十分すぎる名前だろう。
「いいだろう。実は俺も困っていてな。しばらくは、この子の事をネムと呼ぶことにしよう」
「ありがとうございます!! そう言えば、旅人様のお名前もまだ、伺っていませんでした」
「俺の名か……」
さすがに、こちらも彼女に考えてもらうというわけにもいかない。
前世での名前は、もちろんパス。
この漆黒の
「そうだな。シュヴァルとでも名乗っておこうか」
ドイツ語で黒を表す言葉をもじってみた。
物凄く中二っぽいが、この世界で使うにはちょうど良いだろう。
「シュヴァル様ですね。わかりました!!」
なし崩し的に、"俺"とこのゴーレムの名前が決まった。
さて、名前が決まったところで、まったりしているわけにも行かない。
なにせ、夜が迫ってくる。
明るいうちに、火を熾し、夕餉の準備をしなければならない。
「野営の準備をする。手伝ってくれるか?」
「もちろんです!!」
やる気満々という感じの彼女に、火熾しを頼む。
その間に、俺は物置替わりに掘った穴から、燻した猪肉を持ってきた。
以前、俺本体の暖をとるために、動物の皮を狩っていた時に保管しておいたものだ。
ゴーレムゆえに、この
「うわぁ、凄く立派な猪肉!!」
「生憎調理器具は持ち合わせがないのだが」
「大丈夫です!!」
彼女は背中に背負っていたバッグから、ナイフや香辛料などを取り出した。
「盗賊なのに、そんなものも常備しているのか?」
「パーティーでは、野営の準備は主に、私の役割でしたので」
ふむ、なら任せてみるか。
適当な大きさに猪肉をカットし、自前の調味料で味付けをしていく彼女を尻目に、俺は近くの川で汲んできた水を鍋代わりの大兜で煮沸し、安全な水を確保する。
睡眠以外の生体活動を半ば停止している俺の本体やこのゴーレムの身体は水を必要としない。
だが、普通の生身の人間である彼女には、水なしというわけにもいかないからな。
「うわぁ、スープも作れそうですね!!」
「スープか」
味の〇もないのに、そんなもの作れるのか? と思ったが、彼女はテキパキと小刻みにした猪肉を鍋に放り込んでいく。
煮込んでいくと、そのうちに、こってりとした肉の脂が水に溶け込んでいくのがわかった。
「あれが使えそうですね!!」
彼女は、近くに生えていた野草を適当な大きさにちぎると、そのまま放り込み、さらに手持ちの調味料を加えて味を調える。
「うん、うん、いい味が出てます」
そうしながらも、彼女は鍋に入れずに残した置いた猪肉を串にさすと、焚火であぶる。
あれよあれよと動いているのを眺めている間に、いつしか夕餉の準備が整っていた。
「完成です。シュヴァル様。召し上がって下さい」
「あ、ああ」
椀に注がれたスープを眺める。
前世の食事とは比べるべくもないが、思ったよりもちゃんとスープっぽい見た目をしている。
うん、これならちゃんと飲めそうだ。
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