第5話 異世界にて初オギャる

「あっ、と申し遅れました!! 私、近くの街で冒険者をしている"ミサ"と申します!! 職業は"盗賊"です!!」


 何度も腰を折りつつ、丁寧に自己紹介をする少女。

 ふむ、やはり見た目通りの盗賊か。

 この世界での盗賊は、いわゆる野党や盗人という意味での盗賊ではなく、れっきとした職業だ。

 冒険者パーティーでは主に探索を担当し、ダンジョン内でお宝探しに貢献したり、戦闘では素早さを活かして、トリッキーに敵を掻き回す役割を持つ。

 まあ、ゴーレムのアーカイブからの受け売りで、実際に見たことあるわけじゃないけどな。


「冒険者か。仲間はどうした?」

「えっと、その……。少し事情がありまして、今はソロなんです」

「というと、たった一人でこんな森の奥まで来たのか?」

「は、はい……」


 項垂れるようにして縮こまる少女。

 先ほど随分と足が遅かったのも、一人でこんなところまで来て、すでに体力の限界だったのかもしれない。


「何か事情があるようだが、もうじき日暮れだ。一旦私の野営地まで案内しよう」

「い、いいんですか!?」


 力強く頷いてやると、少女は再び安堵したように顔を緩めた。

 怪しげな鎧騎士からの誘いだ。

 もっと警戒されるかと思ったが、やはりこの少女は盗賊という職業のイメージに反して、えらく純粋らしい。


「すぐそこだ。連れが待っている」

「連れ?」




「う、うわぁ……!」


 乳母車に寝かされた俺の本体である赤ん坊を見て、彼女は相好を崩す。


「可愛い赤ちゃんですね。旅人様のお子さんですか?」

「え、あ……まあ、そんなところだ」


 きちんと赤ん坊との関係性を練っていなかったので、適当に濁す。

 まさか、これが俺の本体で、今喋ってるのは本体の操ってるゴーレムなんです~、と言うわけにもいかないしな。

 ふむ、後で説明できるように、プロフィールを考えておかねば。


「少し抱いてみても構いませんか?」


 思ってもみなかった申し出に、一瞬身体が固まる。

 この娘が、"俺"を抱いてくれる……だと。

 少女の顔をマジマジと見る。

 派手さはないが、前世では直接お目にかかったことがないほどの美少女だ。

 その上、これ以上ないほど母性的な身体つきをしている。

 本当に、こんな美少女が"俺"を抱いてくれると言うのか……。

 思えば、前世の俺は、親に抱いてもらった経験等あっただろうか。

 物心つく前ならば、もしかしたら、あったのかもしれないが、そもそも殴る、蹴る以外で親に能動的に触れられた経験が俺には思い当たらなかった。

 もちろん他人──あまつさえ、こんなに若くて綺麗な女性に抱き抱えてもらえる機会なんてあるわけもない。


「あ、いえ、ダメだったら別に……」

「そ、そんなことはない!! きっと、こいつも喜ぶだろう……!!」


 早口になってしまったが、そう伝えると、彼女は失礼して、というように、柔らかな所作で"俺"を抱いた。


(は、はふぅ……!!!!!!!)


 なんという感覚……。

 全てを委ねてしまうほどに、穏やかで、そして、深い感触。

 まるで、人類全ての母である海に抱かれているのかと思うほどに、最大級の幸福感が胸の奧から湧き上がってくる。

 そうか。これが、これが……。

 

(バブみ!!!)


「旅人様?」

「はっ!?」


 思わず、本体の方の感触に、身を委ねていた俺は、頭をブルっと振るう。


「どうかされましたか?」


 眠ったままの"俺"を丁寧に乳母車に戻すと、彼女は心配そうな視線を俺へと向けてくる。

 天国から放逐された事を心の中で嘆きながらも、俺は平静を装った。


「いや、何でもないのだ」


 むぅ、もしや、これが俗に言うオギャるという感覚か。

 しかし、抱っことはこれほどまでに良いものだとは……。

 自分ゴーレム自分赤ん坊を抱きかかえるのとは違う、何とも言えない感覚を、俺は何度も頭の中で反芻するのだった。

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