第4話 この太ももで盗賊は無理でしょ

「きゃあああっ!!!」


 と、その時だった。

 この世界に来て初めて、まともに聞き取れた人の声。

 若い女の声だ。

 それも、切羽詰まったような。


「魔物に襲われているのか?」


 距離はそう遠くない。

 ゴーレムとの距離があまり離れすぎると、本体とのパスが切れてしまう可能性もあるが、この程度の距離なら問題ないだろう。

 助ける義理はないが、放っておくのも忍びないしな。


「悪いけど、ちょっと行ってる」


 半ば冗談めかして、"俺"本体の頬を軽く撫でると、ゴーレムボディの俺は地面を強く蹴った。

 この第二の身体の脚力は、並みの人間を遥かに凌駕する。

 天高く飛び上がった漆黒の鎧騎士姿のゴーレムは、赤い目を光らせ、周囲を確認した。


「あそこか」


 北東の辺りに、狼型の魔物──ガルムの群れが見えた。

 そして、彼らが駆けて行く先には、金髪を短く切りそろえた若そうな女性の姿が。

 その足取りはぽてぽてとして鈍足で、とても逃げ切れそうにはない。

 と、そう思っている間にも、少女はその場に力なく倒れ込んだ。

 ガルムの牙が、少女に迫る。 


「はぁっ!!」


 大剣を振りかぶった俺は、空気を弾くようにして、少女の元に向かって急降下した。

 少女の眼前まで迫っていたガルムをその勢いのままに押しつぶし、ひき肉に変える。


「えっ? えっ……?」


 困惑する少女の方を確認する事もなく、周囲のガルム達をにらみつける俺。

 ゴーレムボディの赤い瞳を発光させ、ゴブリン達を威嚇する。

 数が多い上に、少女を守りながらとなると、多少手間かもしれないが、この身体ならば、負ける事はないだろう。

 威圧するようににらみつけていると、群れの中の一匹が、こちらに背を向けて駆け出した。

 それに続くようにして、他の仲間達も次々と逃げてゆく。

 どうやら、俺と戦うのはリスクが大きいと判断したようだ。

 見た目はただの狼だが、ゴブリン達よりはよほど利口みたいだな。


「え、えっと……」


 おそるおそるといった様子でかけられた声に呼応して、俺は振り向いた。

 目の前にいたのは、日本人とはかけ離れた容姿の少女だった。

 歳は十代半ばから後半くらいだろう。

 少し短めの色素の薄い金色の髪に、碧い瞳をしたまぎれもない美少女だ。

 恰好はファンタジー系のゲームに出てくる盗賊風といったところで、肩やお腹等、結構露出している。

 そして、何より……。


(むっちむちすぎる……)


 何がとは言わないが、短めでタイトなスカートとブーツの間の健康的な隙間がはちゃめちゃに自己主張していた。


(この世界では、これが普通なのか?)


 いや、さすがにそれはないだろう。

 この娘が特別なだけだ。

 仮にみんながみんなこんなにむっちむちだったとしたら、俺の理性が保たない。

 いや、嬉しいけどね。みんながみんなこれだったら。 


「あ、あの……」

「あっ、ご、ごほん。大丈夫か。お嬢さん?」


 誤魔化すように視線を彷徨わせつつ、俺はそう尋ねた。

 この世界の人間と相対するのは初めてだったが、一応ゴーレムの言語機能はきちんと働いているらしく、少女は安堵したように微笑んだ。


「は、はい! ありがとうございます!! えーと、騎士様……?」


 ふむ、やはり見た目的には騎士といったところだよな。

 とはいえ、ゴミ山に落ちていた古い鎧を繋ぎ合わせた全身真っ黒な鎧姿だ。

 無機質な人形の顔を晒せるわけもなく、兜の眉庇も下ろしているので、怪しげな印象は拭えない。

 なんだか魔王軍とかにいそうな見た目だとは自分でも思うが、助けてもらった手前か、彼女は一旦そこは呑み込んでくれたらしい。


「故あってこんな恰好をしているが、騎士等という身分ではない。ただの旅人だ」

「旅人様でしたか。何にせよ。助けていただいた御恩は、必ず……!!」


 そう言って、平身低頭する少女。

 盗賊風の見た目をしているのに、えらく謙虚だな。

 それとも、こうやって隙を見せて、こちらから金品を盗み取ろうとでもしているのだろうか。

 いや、だが、このどこかのほほんとした顔……素のような気がするな。

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