掃討
ぬかったと思った刹那に次の矢が放たれ、九珠は横っ飛びにそれを避けた。
九珠は相手を完全に見誤っていた。不意を突いて先制した上、射手がこの狭い空間で短刀しか使わないのならとすっかり油断していたのだ。
敵はここにいる以上の仲間はいないようだったが、それでもまだ七人ほどが生き残っている。おまけに一人が弩で九珠を負傷させたことで、黒服たちはにわかに闘志を盛り返していた。血を流し、痛みを訴える右手から左手に切り替えて九珠はなおも戦ったが、このままでは下風に追いやられる一方だ。
いつか覚えた恐怖が雨雲のように胸中に湧いている。無視して戦い続けることはできるが、それが膨れ上がって雨を降らせるのも秒読みだ。そうなったが最後――
良からぬ思考に襲われる九珠の顔のすれすれを、短剣が風を切って飛んでいく。短剣は弩を構えた黒服に命中し、左胸にずぶりと剣身を埋めた。
「ぼーっとすんな! 俺がいるだろ!」
飛雕が叫びながら空になった両手を握りしめる。九珠ははっと我に返ると、目の前に迫っていた黒服を避けて背中を掌で打った。九珠は右肩に点穴をして痛みと出血を封じると、乱闘の中に再び身を踊らせた――出鱈目に拳を振るう飛雕と並んで剣指を踊らせ、端正で精錬された剣技を繰り出すうちに、いつしか黒服たちは殲滅され、窪地には九珠と飛雕だけが立っていた。
二人は肩で息をしながら死体の積み重なる窪地を見回した。戦闘の興奮が体の奥底にこびりつき、少なからず疲弊しているはずの心身をしつこく張り詰めさせているのだ。
「……全員倒したか?」
大分経ってから飛雕が小声で尋ねた。
「そうらしい」
九珠もささやくように答えると、窪地をゆっくりと観察した。暗さに目が慣れ、気分が落ち着いてくると、土手の所々に四つん這いになって通れる程度の穴があり、まるで誰かがよく通っているかのように燃え残った松明が差されていることに気がついた。
「あの穴」
九珠の声に飛雕が振り向く。九珠は少年をちらりと見ると、もう一度穴に向き直って指を伸ばした。
「あの中を探るぞ」
飛雕はただならぬ好奇心に目を輝かせ、力強く頷いた。
二人は松明に火を入れ、注意深く掲げながら最初の穴を這って進んだ。暗く狭い通路を抜けた先には案の定広い空間が広がっており、大の男が立って背伸びをしてもまだ余裕がありそうなほど天井が高い。松明で照らしてみると、その部屋は武器の保管庫だった。荒削りの棚に弓と矢筒がきちんと並べられているが、数を数えるとちょうど窪地で殺した分が残されていた。
「山賊まがいの外道のくせに、案外良いもん使ってんじゃねえか」
弓矢を検分しながら飛雕が独り言つ。彼がその実長さが合う矢を勝手に頂戴していることには目を瞑ることにして、九珠は気が済んだら次の部屋を調べるぞとだけ告げた。
次に入った部屋とその次に入った部屋では黒服たちが寝起きしていたらしく、地面いっぱいに
「もう耐えらんねえ! 風呂ぐらい入れってんだ!」
飛雕が根を上げ、男ばかりの環境で育った九珠もさすがに耐えられなくなってきたところで、二人は逃げるように元来た穴を這って戻った。
ところが、最後の穴は他の三つよりも狭く、複雑に曲がりくねって掘られていた。二人は顔を見合わせ、せっせと手足を動かして通路の先の部屋を目指した。
果たして穴の先は板で塞がれており、撫で回すと鍵穴のようなものがある。先頭で松明を持っていた九珠がそれを言うと、飛雕は事もなげに「ああ」と声を上げた。
「さっきかっぱらってきた鍵があるけど、試してみるか?
その途端、九珠はあんぐり口を開けたまま固まってしまった。飛雕の手癖が悪いのはともかく、いつの間に「
突然の衝撃で九珠が何も言えずにいると、飛雕が「ちょっと失礼するぜ」と言いながら体を伸ばしてきた。どうやら腰に乗り上げられているらしく、少年の体重と体温が尻から直に伝わってきたが、どうやら飛雕は本気で九珠を兄と慕うことにしたらしい。飛雕は天井と九珠の間で少しばかりもみくちゃになったのち、九珠の顔の横にぽとりと鍵束を落としていった。
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