真相

「とりあえずそいつを全部試して、駄目だったら扉を壊して入ろうぜ」


 そう言って飛雕は元の位置へと下がっていく。九珠は「そうだな」と答えて鍵束を拾ったが、途端に右肩にズキリと痛みが走った。


「大哥?」


 飛雕の心配そうな声が後ろから聞こえる――その場しのぎに施した点穴が解けてきたのだ。九珠は大丈夫だと答えると、松明を壁に立てかけて鍵を試し始めた。

 一本目、二本目、三本目――九珠がぱっと声を上げたのは八本目、最後の鍵を試したときだった。


「開いた!」


 九珠はいそいそと左手で扉を押し開けて体を滑り込ませ、ようやく辿り着いた部屋を松明で照らし出した。



 そこは今までのどの部屋よりも広く、がらんどうだった。ひやりと薄ら寒い空気が二人の顔を撫で、黴臭いような臭いが鼻をくすぐる。松明を掲げて見回すと、そこかしこに壊れた箱や朽ちかけた衣服、装飾品、板の切れ端、そして様々な形の人形が転がっている。とりわけ目を引いたのは中央に鎮座する巨大な石の箱だった――二人は無言のまま近付いて目を凝らし、その正体に気付くやぎょっとして飛び退った。


 それは古い石棺だった。鄷都関の凶手たちの寝ぐら、その正体は古い墳墓だったのだ!


「なんだよこれ、気持ち悪い」


 飛雕が震える声でぼやく。九珠は黙ったまま石棺の周りを一周し、松明で細部を照らしてみた。かなり古いらしく彫刻がほとんど平らになっているが、作りは頑丈で、少し力をかけたぐらいではびくともしない。

 ふと、九珠は蓋と棺の間にわずかなずれがあることに気が付いた。さらに顔を近付けると、蓋の片方の短辺にだけ湿った土が付着しているではないか。


「まさか、最近誰かが棺を開けたのか?」


 九珠が呟くと、飛雕がヒッと悲鳴を上げた。それでも九珠が手招きすると飛雕は恐る恐る近寄ってきて、九珠が照らした場所をまじまじと観察する。ややあってから飛雕は「本当だ」と呟き、九珠を振り返って尋ねた。


「連中が中に何か隠してるってことか?」


 飛雕は腰が引けているわりにしっかりした声音で言った。九珠がはてと思った次の瞬間、飛雕は突然片手を掲げて内功を運用し始めた。


「はあっ!」


 気合いとともに飛雕が手を下ろし、石棺に一撃を与える。轟音とともに蓋が吹き飛ばされ、湿っぽい空気が掻き回されて埃が舞い踊る。九珠は思わず目を細め、口を覆って咳き込んだ。

 やがて粉塵がおさまり、二人が石棺を覗き込むと、本来中にあるはずのものではなくまだ新しい油紙の包みがいくつも転がっていた。

 さらに、二人がひとつを手に取って開けてみると、いっぱいに詰まった銀子が地面に溢れ落ちた。


「銀子がこんなに⁉︎ どういうことだよ?」


 飛雕が大声を上げる。二人は夢中で油紙を解いては中身を確かめたが、次から次へと出てくる財宝には目が回るような思いがした――鄷都関の凶手は鏢師だけを襲って荷物には一切手をつけないというのに、なぜここまで大量の財が眠っているのだ? それも何百年と眠っていた古代の宝ではなく、つい最近のものが。

 その答えは九珠が取った最後の包みにあった。中にはまた銀子がぎっしり入っていたが、折悪く右肩の傷が痛んだ拍子に九珠は包みを落としてしまった。


「大哥! 大丈夫……って、これ……」


 飛雕が九珠に駆け寄ろうとしたが、なぜか途中で地面に視線を落としてかがみ込む。九珠がその先を追うと、銀子がひとつ割れていた。


「……偽物か?」


 九珠は食いしばった歯の隙間からささやくように言った。飛雕は破片を摘んで「銀子に似せた磁器だ」と答え、地面に落ちていた一枚の紙を持ち上げた。



 ***



「……それがこの紙だと」


 九珠と飛雕が持ち帰った紙と銀子を見比べて秦亮が言う。二人は墳墓を後にした後、秦亮たちと再び合流して地底での発見を見せていた。

 とはいえ、九珠は怪我のせいで飛雕が喋る様子を見守るだけだった。ようやく手当てはできたものの、今になって痛みが強くなったせいで木の根本に座ってじっとしていることしかできないのだ。


「ああ。読んでもらったら分かるけど、連中どうも雇われてたみたいなんだ」


 飛雕がここ、と一箇所を指差すと、秦亮はその周囲に目を通してうむと唸った。


「ごろつきを金で雇い、墳墓を拠点にさせて一番逃げ道のない場所で鏢師を襲わせていたというわけか……名は『恨金生こんきんせい』とな。いかにも偽名くさい名だな。しかし解せぬのは此奴が人を雇った意味だ。実力を知らしめたいなら自分で動けば良いだけのこと、鏢局に恨みがあるなら自ら赴いて勝負を挑めば良いだけのこと」


「素性を知られたくないから人を雇ったのでは?」


「それは一理あるが、だとしてもどこの鏢局も関係なく襲うことはないだろう。恨金生が中原じゅうの鏢局を恨んでるっていうのか?」


 秦亮の言葉を皮切りに、鏢師たちがあれこれと自分の憶測を話しだす。


「なんにせよ、俺は鏢局そのものじゃなくて鏢師だけを襲うのが分かんねえ」


「そうだそうだ。恨みがあるなら直接潰しに行きゃあ良いじゃねえか」


「まったくだ。上手くいけば全部焼き払ってもバレないってのにな……それこそあの公天こうてん鏢局ひょうきょくみたいに」


 一人がそう言った途端、森の空気が凍り付いた。全員の視線が彼に注がれる中、九珠もまたどきりとしてその鏢師を見つめていた。

 公天鏢局——武術家の一族・公孫家が運営し、江湖に名を轟かせた大鏢局。一族が輩出してきた数々の英雄好漢と彼らの武勇伝は大人気の講釈だし、最後の当主の公孫逸こうそんいつは百年に一度の剣才と名高い男だった。そしてかの江湖剣界の女帝・李玉霞りぎょくかを一族に迎えたこと——彼女を娶ったのは次男の公孫然こうそんぜん、兄ほどの武功はないものの文才と審美眼に恵まれた文人気質の遊び人だ。もちろん実力では李玉霞に敵うはずもない彼だが、彼女の剣と人に惚れ込んで何度も結婚を申し込み、ついに李玉霞が折れた話はこれまた江湖では有名だ。

 しかし今の江湖で皆が公天に注目する一番の理由は、彼らが突然起きた後継者争いで一夜にして滅びたからだった。江湖に公孫逸の死と次男夫妻が公天の今後を任されたという知らせが飛び回り、皆が驚き悲しんでいるあいだにも、今度は公天の屋敷が一面の焼け野原になったという知らせが皆の耳に飛び込んできたのだ。ことが起きたのはつい五年ほど前、このときばかりは律家にも衝撃が走ったのを九珠はよく覚えている。


「慎め。そういうことは軽々しく言うもんではない」


 秦亮が低い声でたしなめると、鏢師はぺこりと頭を下げたきり黙り込んだ。他の鏢師たちもすっかり黙りこくっている。


「簫兄弟、飛小侠。公天の話は我ら鏢師にとっては禁忌のようなものなのだ。どうか気にせんでもらいたい」


 秦亮の言葉に、九珠も飛雕もとりあえずといった風に頷くことしかできない。


「……でも、公天鏢局が滅びたのは当主の公孫逸亡き後の跡継ぎ争いが原因だって……」


 それでも飛雕はおずおずと疑問を呈した。秦亮はかぶりを振ってため息をつくと、聞き耳を立てられているかのように声をひそめて言った。


「公天とやり取りのない者からすれば、な。だがわしはそうは思わん……無論わしとて公天の内情に詳しいわけではないが、それでも老逸公の葬儀で末席を汚した身。遺言にはたしかに二番目の弟の公孫然こうそんぜんと妻の李玉霞りぎょくかに公天を託すと書かれていたし、あの兄妹が逸公の最期の言葉を反故にするはずがないのだ。奸族でも入り込んだのでなければ、内輪揉めがあれほどの惨劇になるとは思えん」


 結局、恨金生の目的については何も分からないまま一行は山道を抜けた。追い剥ぎやごろつきの類はもちろん、獣にも出会わない平和な道のりだった。

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