第57話 船旅をする二人
記憶がある限りでは、初めて海に出た。その景色は非常に美しいもので、辺り一帯が青く澄みわたっていた。それは、空とはまた違う青さだった。
私とアシュフォードは甲板に出ており、船の端で景色を眺めていた。
「凄く綺麗だな」
「あぁ、驚いたな。本当に一面青いとは」
アシュフォードから返ってきた言葉は、少し意外なものだった。
「海に出るのは初めてなのか?」
「初めてだ。ハルラシオン国自体、あまり海の向こう側と国交がなかったからな。親しいのも、戦争をするのも、同じ大陸の国だけだった」
「なるほど」
その答えに納得していると、潮風が吹きはじめた。同時に船体も動き始め、ぐらりと体勢を崩してしまう。
「あっ」
「おっと。意外と揺れるな」
「す、すまない。アシュフォード」
さっとアシュフォードが手を伸ばして支えてくれたおかげで、転ばずに済んだ。
「そこは感謝だと嬉しいな。謝れるより、何倍も気分が良い」
アシュフォードの意見には少し同意できることがあった。確かに謝罪は違う気がする。
「そうだな。ありがとう、アシュフォード」
「あぁ。無事で何よりだ」
朗らかに笑うアシュフォード。潮風で髪がなびいており、とても絵になる様子だった。
「……なんだかカッコいいな」
「えっ」
「アシュフォードは海がよく似合う」
「そ、そうか? 俺の髪は赤なんたが」
毛先をちょっと引っ張って、不思議そうに聞き返すアシュフォード。
「赤だからかもな。海を背景にしても、アシュフォードがよく目立つ。だからカッコいいんだな」
「……急に褒められると照れるんだが」
「そういうものなのか」
「そ、そういうものだろう」
照れ臭そうに目線をそらされる。アシュフォードの頬はほんのりと赤くなっており、何だかそれが嬉しかった。
その後も、せっかくなのだからと二人で景色を堪能し続けた。
「ラルダ、寒くないか? そろそろ日が落ちるから」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」
気を遣ってくれるアシュフォードだが、どこか様子がおかしい。
「……アシュフォード、大丈夫か?」
「な、何がだ?」
歯切れの悪い回答は初めてだった。じっとアシュフォードの顔をみる。
「もしかして……無理、してるだろ」
「気のせいだ。問題ないさ」
「いや、顔色が少し悪い」
「そんなはずは」
「あるだろう。白いぞ」
青いとまではいかないものの、それは体調不良を示す顔色だった。
「ラルダ、俺なら大丈夫だ」
「大丈夫そうには見えない。寒そうに見えるのは、アシュフォードの方だ」
ぐいっとアシュフォードに詰め寄ると、彼はそれに反応するように離れる。顔色も見られたくないと言わんばかりに、私から背けた。
「……お互いのことを共有すると、約束したよな?」
「うっ」
じっと強い視線を送ると、アシュフォードは渋々というようにこちらへと向き直した。
「……実は、船酔いしたみたいで」
「えっ」
「だから別に、そんな大事じゃない」
「それなら休むべきだろう。部屋に行こう」
急いでアシュフォードの手を取ると、船内にある部屋へと向かった。アシュフォードはすまない、と言いたげな様子だったが、それをどうにか呑み込んでいた。
「ほら、座ってくれ」
「あぁ……」
二人でソファーに並んで座る。アシュフォードの様子は、元気がないままだった。
「……カッコ悪いな。船酔いなんて、情けない」
沈黙が流れたかと思えば、そうボソリと呟いた。初めて聞く弱音のような言葉に、私は目を丸くした。
(アシュフォードのこんな姿、初めて見るな。貴重だ)
意外な様子が見られたことがどこか嬉しくて、思わず笑みをこぼす。
「何言ってるんだ。それくらいの弱点があったくらいが、可愛いだろう」
「か、可愛い……!?」
今度はアシュフォードが目を見開く番で、驚いた顔で固まっていた。
「ただでさえ、英雄として強すぎるんだ。弱点くらいないとな」
「……それは褒めてるのか?」
「もちろんそのつもりだが」
当たり前だと頷けば、アシュフォードは変な顔になっていた。
「よ、喜ぶべきなのかわからない……」
どうやら可愛いという言葉は、アシュフォードによって受け取り方がわからないものだったようだ。
「……けど、ラルダが褒めてくれてるんだ。喜ぶべきだな」
「単純すぎないか、それは」
「そうか?」
「まぁ、アシュフォードがいいならいいんだが」
判断基準が甘くなった気がしたが、本人が満足そうなのでよしとすることにした。
「……ラルダ。横になっても良いか?」
「構わないぞ」
何も考えずに承諾すれば、アシュフォードは私の膝の上にそっと頭を乗せた。
「ラルダの顔がよく見えるな」
「……少し恥ずかしいんだが」
まさかこんな膝枕をするとは思ってもなかった。ほんのりと頬に熱が集まりはじめる。
「少し貸してくれ。……落ち着くから」
「……元気になるならいいんたが」
アシュフォードが目を閉じる。顔色の悪さはまだ戻っていなかったので、私はそっと休ませることにするのだった。
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