第56話 久しぶりの港町へ
叔父様の計らいで、私は正式にエスメラルダ・ノワールとなった。それと同時にアシュフォードと婚約を結ぶことになった。ここまで進んだ以上、ソルセゾン帝国に行ってもう一人の伯父に当たる皇帝陛下へ挨拶をしに行くことになった。
港町アズーロに、私と叔父様に加えてアシュフォードのみが同行することになった。ヴォルティス侯爵家の方々は、アシュフォードの不在中に仕事を任されるとのことだった。
(アシュフォードを任されたが……特に守る理由はないと思うんだが)
ヴォルティス侯爵家に戻った時に、クリフさんに言われたことだった。ただ、アシュフォードが無理をしないようには見張ろうと思うのだった。
出発前、私は少し港町で過ごせる時間をもらった。古くからの友人たちに会うために。
「ロジー!」
「ラルダ!」
「オデッサ、エヴァ」
最後に会った時から変わらない様子のオデッサに加えて、血色の良くなったエヴァが明るい笑顔で迎えてくれた。
「ロジー、良かった元気そうね」
「あぁ。オデッサも変わりなさそうだな」
「当たり前よ」
ふふんと自慢げに笑うオデッサと、くすりと上品に笑みをこぼすエヴァ。
「まさかロジーが帝国のお姫様なんてね」
「私もそれ驚いたわ。でも、ラルダなら納得ね」
「納得って……どこにもお姫様感はないと思うんだが……」
エヴァの言葉に疑問を抱いていれば、オデッサが私の発言に同意した。
「そうよエヴァ。どっちかっていうとロジーは王子様でしょ」
「確かにラルダはカッコいいわね」
ふわふわとした様子で、でもどこか嬉しそうに話すエヴァを見ることができて少し安心できた。オブタリア公爵家で苦労した分、どうか幸せになってほしいと願うばかりだった。
「それじゃロジー。お土産期待してるからね」
「私もお願いしようかな」
「あぁ、任せてくれ」
他愛もない話を交わすと、二人に出発を見送られることになった。
船場に移動して、アシュフォードと合流する。
「挨拶は終わったみたいだな」
「あぁ。時間を取ってすまない」
「気にするな。ここはラルダにとって大切な場所だろう」
すぐさま手を差し出される。
これがエスコートかどうかはわからないが、アシュフォードの手を取るのは安心できるから好きだ。
「……ん?」
ただ手を乗せるだけかと思えば、アシュフォードは手をゆっくりと絡めた。
「こっちの方が、ラルダを逃がさないだろう?」
「……警戒しなくとも、もう逃げないが」
「わかってる、ただの口実だ。ラルダと手を繋ぎたかったんだ」
少し照れ臭そうに笑うアシュフォードに、私も自然と笑みがこぼれた。そのまま船に乗ろうと移動を始めた。
「それなら繋ごう。やりたいことは全部しないと」
「……ラルダ」
「どうした?」
突然足を止めるアシュフォード。心なしか表情が固まったように見えた。
「……あまりそんなことを言わないでくれ。抑えられなくなるから」
「そう、なのか?」
何をだろうと思っていれば、アシュフォードはすっと近付いて頬に触れた。
「……ラルダ。俺が男だとわかってるのか?」
「当たり前だろう」
「恐らくだが違うな。……そうじゃなくて――」
言葉は最後まで発せられることはなく、アシュフォードはそっと頬に唇を落とした。
「……こういう意味なんだが」
「……………………え?」
思考が停止しながらも、わかったのはアシュフォードの美しい顔が近付いたかと思えば離れて微笑んでいることだけだった。頬に口づけをされたのだと理解すると、途端に顔が赤くなってしまう。じっとアシュフォードに見つめられていると、思わず目をそらしてしまう。どうにか抑えたいのに、どんどん熱が上がっていった。
「わかった……気がする」
どうにか視線を戻して絞り出した声に、アシュフォードは満足そうに笑った。
「それならよかった」
「……す、すまない。これからは気を付ける」
「いや……そうだな。それはそれで、悲しい気もするが」
「……む、難しいな恋愛というのは」
「確かに難しいが、俺が面倒なのもあるな」
ははっと朗らかに笑うアシュフォードは、正直で安心感が増していく。熱を帯びていた頬は、まだまだ下がりそうになかったが、そのまま乗船することになった。
「……ヴォルティス侯爵。私の娘に何かしましたか」
「常識の範囲内では……しました」
じいっと叔父様がアシュフォードの方を見る。少しばかり圧を感じるものの、私は問題ないと伝えた。
「叔父様、何もありませんでしたので」
「エスメラルダ。もし婚約に心変わりがあったら言ってくださいね。いつでも動きますので」
「だ、大丈夫ですよ」
圧が強くなった気がしたので、どうにか笑みを浮かべて否定をしていた。
「……侯爵。見てますからね」
「はい」
最後に一言残すと、叔父様は帝国から連れてきていた護衛の方へ戻っていった。
「すまない、アシュフォード。私が顔色を戻せなかったがために」
「……ははっ。なんでラルダが謝るんだ。気にするな。大公殿下の言いたいことはごもっともだからな」
「そう、なのか」
アシュフォードの笑みの全てを理解することはできなかったが、男同士にしかわからないことがあるのかもしれないと解釈することにした。
少し経つと、私達が乗った船は帝国に向かって出向するのだった。
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