第55話 王家派を統べる者




 唖然とするサルヴァドールに、国王陛下は淡々と告げた。


「サルヴァドール・オブタリアがラジャン子爵を通じて、我が国の英雄アシュフォード・ヴォルティスを殺害しようと暗殺を試みた証拠が私の手に揃っている」

「そんなはずが……」


 スティーブが手にした証拠を潰したサルヴァドール。私も暗殺の証明は無理だと思っていた。しかし、アシュフォードはそれを否定して笑っていた。


 ーーラジャン子爵と取引をしたのは、ネルソン伯爵だけじゃない。


 その言葉に全てが詰まっている気がした。

 

「ここにあるのは、ヴォルティス侯爵を標的とした数々の暗殺依頼だ」

「……偽装でしょう」

「苦しい言い訳だな。そなたの名前がしっかりと残っている。ラジャン子爵は貴族派だ。陥れる理由はない。何せ、一番のお得意先なのだから」


 サルヴァドールの怒りが顔に大きく現れはじめた。


「わからないなら断言しよう。ラジャン子爵はそなたを裏切ったのだよ」

「ーーっ!!」


 ギリッと歯軋りをした音が、離れている私の元にまで聞こえた。


「他にも国王である私に無断で、隣国の外交官と密会をしている証拠がある。暗殺者を融資する代わりに、自分を支持するよう取引しているとな」


 その証拠とはラジャン子爵の証言と、密会場所を提供した者の証言と、サルヴァドールが他国の外交官とやり取りをしていた手紙であった。


 弁明しようのない確かなものに、わなわなと肩の震えを強めるサルヴァドール。ラジャン子爵の裏切りは、思っていたよりも彼に大きな打撃を与えるものであった。


「その他余罪も含め、サルヴァドール・オブタリアが国家に無益な行動をしていることは明らかだ。よって、国家反逆罪としてサルヴァドール・オブタリアを極刑とする」


 その判決は、私にとっても驚くべきものだった。貴族派で悪事を積み重ねたとはいえ、オブタリア公爵家は歴史ある家だ。よくも悪くも、ハルラシオン国の一端を担っていた家なのだ。


(……だが陛下は、それでも必要ないと判断したのだな)


 国益どころか有害ならば、情状酌量の余地はない。それに加えて、国外追放もできないのは野放しにする方が危険だから。


「連れていけ」


 国王陛下の一言に両隣の騎士が無理やりサルヴァドールを立たせた。

 魂が抜けたような顔になりながら、よろよろと歩いて去っていった。


(……これで、本当に終わった)


 小さく安堵の息を吐いていると、アシュフォードが話し始めた。


「ヴォルティス侯爵家は間違いなく王家派の筆頭だ。しかし、国王ないしは王子殿下という主君が存在する。彼らこそ、貴族派を討ち取るために動くべき存在なんだ」


 その説明に納得しながらアシュフォードの方を見つめた。


「ヴォルティス侯爵家は囮に過ぎない。元々、俺達が貴族派の注目を集めている間に、陛下を中心とした王家に動いてもらうという作戦だったんだ」

「なるほど……確かに、貴族派がアシュフォードの暗殺に躍起になっている間は王家に目が向かなくなる」

「あぁ。王家は決して弱くも衰退しているわけでもない。虎視眈々と、一掃できる機会を伺っていたんだ」


 ハルラシオン王家は優秀だと、アシュフォードは最後に評価を下した。背後で叔父様もそれに同意した。


「ハルラシオン国王は優秀だね。気配を消しながら、自分の役目と立ち回りを理解しきっていた」

「オブタリア公爵の敗因は、陛下を侮ったことでしょうね」


 クリフさんの言葉に、その場にいた全員が頷くのだった。


 こうして、サルヴァドール・オブタリアの断罪は終わりを告げた。

 


 

 一ヶ月の月日が流れると、様々なことに決断が下された。


 貴族派の頭であるオブタリア公爵が極刑と決まった後、貴族派に属する貴族もまた罰せられることになった。


 当主の座を追放された者、貴族としての身分を剥奪された者、鉱山や修道院行きを言い渡した者など、それぞれ末路は相応のものだった。これにより、貴族派は消滅した。


 裏路地にあった組織も解体された。ギレルモ・ラジャンは交渉により命だけは助かったようで、今はひっそりと息を潜めて暮らしているようだ。ただ、貴族として姿を見ることはなくなった。


 オブタリア公爵家は、エヴァが家を継ぐことを拒否したこともあり、事実上の解体となった。エヴァは、オデッサの元で働きながら平穏な日々を過ごしている。



 私は、ある店を訪れていた。

 扉を開くと、カランコロンという鈴の音が響いた。店の奥からエプロンを着た芸術家が顔を見せた。


 エプロンには絵の具の後があり、所々顔も汚れている。


「おっ、ラルダさん。どうしたんですか」

「明日から帝国に行くんだ。挨拶をしておこうと思ってな」

「明日ですか。もうそんな日でしたか」


 ルゼフは少し驚いた反応を見せた。

 騒動が落ち着くと、彼は芸術家としての職を取り戻すことにした。少しずつ市場に作品を出しはじめれば、すぐに買い手がつく程人気のようだ。


 確かに素人目で見ても、ルゼフの作品は精巧で目を引くものがある。


「侯爵様はご一緒じゃないんですか」

「アシュフォードは明日帝国に行くために、仕事をある程度終わらせないといけないんだ。今日は缶詰めだよ」

「なるほど」


 本当は同行しようとしてくれたのたが、クリフさんにこっぴどく叱られて書斎に放り込まれていた。


「今回は護衛に私が」

「ローレンさん! お久しぶりです」

「お久しぶりです、ルゼフさん」

「ちょうどよかった。この前ご依頼いただいた作品、実は完成したんですよ」

「本当ですか」


 ルゼフの作品に興味を持った一人に、ローレンさんも当てはまる。二人は騒動後個人的に交流を続けているようで、親しくなったとのことだった。


「あと。ラルダさんから依頼してもらった物も完成しましたよ」

「よかった。出発に間に合わせたかったんだ」


 ローレンさんと共に、ルゼフから依頼した品物をもらうのだった。


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