第58話 初めてのドレス


 少し横になっていると、無事アシュフォードの様態が回復していった。それからは特に何事も起こることなく、帝国に到着することができた。皇帝陛下と叔父様の計らいで、ノワール大公邸で一日休息を取ってから挨拶へと向かうことになった。


 そのおかげでアシュフォードは完璧に回復していった。


 翌日の朝のこと。

 叔父様の手配で、屋敷の中には大量のドレスが用意されていた。公式な場となるので、確かに私の身軽な軽装では城には入れない。


(ドレス……ドレスか)


 生まれてこの方、ひらひらとしたものを着たことがない。その上、華やかできらびやかなものなど自分に似合わないと感じていたのだ。それでも、挨拶に行く以上仕方がない。それに、今はもう身分は大公女。叔父様の顔に泥を塗るわけにはいかない。


 大公邸の侍女に手伝ってもらいながら、ドレスを選ぶことにした。


(駄目だ……見慣れないからか、どれを着ても変に感じる)


 思わずため息をついてしまいたくなるような姿だった。ドレス単体は優雅で美しいのに、私が着ているという事実一つで台無しになる気がしていた。


「お気に召されませんでしたか?」


 心配そうに尋ねる侍女の一人に、申し訳なさを感じる。


「ドレスを着たことがなくて……ずっとズボンをはいていたものですから」

「そうなんですか。……それならマーメイドドレスが良い気がします」

「マーメイドドレス……?」


 キョトンとしながら話を聞いてれば、侍女達が奥の方から死角になっていた場所から新しいドレスを出してくれた。


「このドレスは、体のラインが綺麗に見えるものになります。お嬢様でしたら、とてもお似合いになるかと」

「そう、なのか……」


 似合う似合わないはわからなかったものの、ふんわりとしたドレスよりは抵抗を感じなかった。緊張しながら着替えれば、侍女達から今日一番の反応をもらうことができた。


「とてもお似合いです、お嬢様……!」


 少し暗い赤と白を基調とした、シンプルで落ち着いたデザインのドレス。黒髪と相性が良く、大人の女性に見えるような印象を受けた。


(……赤はいいな)


 鏡で見る自分への違和感がいくつか払拭され、ようやく及第点を取れた気がした。

 ドレスを決めると、基本的な所作を教えてもらってからアシュフォードと叔父様の待つ玄関へと向かった。


「アシュフォード、叔父様。お待たせしました」


 できるだけ品の良さを意識して、走らずに静かに歩く。気配を消す歩き方とはまた違うのだが、かといって足音を響かせればいいという訳ではない。一度で覚えるには難しい歩き方だ。


 アシュフォードの方に急いで近付くと、固まっているのがわかった。じっと私の方に視線はあるのに、黙り込んでいた。


「どうしたんだ、アシュフォード。まさかまだ体調が」

「いや……ラルダが綺麗すぎて驚いた」

「!」


 言葉を失った表情のまま、アシュフォードただ純粋に賛辞をくれた。それが嬉しくて、胸が高揚する。


「よく似合っているよ、エスメラルダ」

「ありがとうございます、叔父様」


 叔父様にも満面の笑みで評価をもらった。そのおかげで少しは大公女に見える気がした。自信が付き始めると、もう一度アシュフォードの方を見る。礼装を来て着飾っており、普段より貴族らしい高貴な雰囲気があふれていた。いつも下ろしている髪をセットしているからか、整った顔がいつも以上に良く見えた。


「今日のアシュフォードは、王子みたいだな。凄く輝いて見える」

「輝いてるのはラルダの方だぞ。……本当に綺麗だ。良かった、今日が挨拶だけで」

「……どういう意味だ?」


 純粋にアシュフォードの言葉がわからなかったので、疑問を口に出した。


「パーティーだと他の男の目に入るだろう。……今日のラルダは誰にも見せたくない」


 熱のこもった視線と言葉に、思わず目を見開いてしまう。頬が赤くなるのがわかっていたが、隠すことはできなかった。


「……先に馬車に乗っているよ」

「あっ、はい」


 叔父様の優しい声に頷くと、アシュフォードの言葉に私は素直に喜んだ。


「気に入ってもらえてよかった。赤を選んだ甲斐があったかな」

「……ラルダ、それって」

「アシュフォードの髪色だろう? 侍女に教えてもらったんだ。パートナーの色を着るのがよくあると」

「なんでそんなに可愛すぎるんだっ……」


 自慢げに微笑めば、アシュフォードは天を仰いだ……かと思えば、すぐさま私の方に視線を戻した。


「……くそっ、俺も黒い礼装を作るんだった」

「紺色も十分似合っているよ」

「ラルダの色がいいんだ」

「それは……嬉しいな」


 アシュフォードの言葉に口元が緩む。


「次は必ず用意する」

「あぁ、楽しみにしているよ」


 その日が早く来るといいなと思いながら、私はアシュフォードの手を取るのだった。

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