第38話 再会と再訪
誰かが紅茶店に入って来た。
(この気配……アシュフォードじゃない)
先程まで馬に二人乗りをしたからか、アシュフォードの気配はわかるようになっていた。その上、やって来た気配には覚えがあった。
(撒けたと思ったんだが……)
追いかけて来た嫌な気配が、店先にいるのがわかった。
警戒する表情をしながらルゼフに首を振ると、彼は急いで散らばっていた紙とペンを持って書き込んだ。
『足止めしとくんで、先に行っててください』
いいのか、そう目で訴えかければ、ルゼフはふっと笑った。
『ここは俺の店なので』
多くは語らない。その一言だけで、背中を任せられるだけの信頼関係が私達にはできていた。頷き合うと、早速ルゼフが先に店先の方に出て行き、私は息を殺して裏口へと向かった。
「いらっしゃいませ」
ルゼフが客を迎える声を最後に、私は紅茶店を後にするのだった。
「ラルダ――」
アシュフォードに名前を呼ばれると、その瞬間私は自分の口元に人差し指を立てる。静かにここを離れることを動きで伝えれば、アシュフォードは急いで私を馬に乗せて走り出した。
「ルゼフは芸術家だが、一人にして大丈夫か?」
「あぁ。見かけ通りに強いんだ」
いかにも人を殺してます、という人相の芸術家はしっかりと武術の心得があった。何でも、裏路地で店を構えるのだからそれなりに強くないと面倒な輩が来店するからだそうだ。
舐められないためにも、しっかりと鍛えているといつか言っていた気がする。
「ラルダが言うなら安心だな」
「あぁ」
首を縦に振る。
ルゼフが足止めをしてくれているからか、嫌な気配が私達を追いかけてくることはなかった。そしてそのまま休憩することなくヴォルティス侯爵邸目指して駆け抜けた。走りっぱなしだというのに、愛馬の速さは落ちることなくあっという間に屋敷前に到着するのだった。
「お互いに久しぶりだな、ここに来るのは」
「そうだな」
言われてみれば、私が侯爵邸を訪れるのはあの暗殺以来だ。馬に下りてじっと屋敷を眺めていれば、門の向こう側から一人の男が速足で向かって来た。そして、目にもとまらぬ勢いで私の方に突っ込んできたのだ。
「!!」
「何者だ、お前――うぐっつ」
男の問いかけは最後まで発されることなく、彼は床に押さえ付けられた。
「ダテウス、目が腐ったか」
「その声……アシュフォードか!?」
「わかったらさっさと謝罪をしろ。お前が手を上げたのは俺の大切な客人だ」
「す、すまない……!!」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
押さえ付けられた状態からアシュフォードの手が離れると、そのまま土下座をする男性。首を横に振りながら問題ないことを伝えると、彼はありがとうと言って即座に体を起こした。
「客人なら挨拶を」
「全員に紹介するからその時でいい。それより、ローレンと書斎に来い」
「ローレンなら今、調査に出てるんだ。クリフの頼みで」
「そうなのか。わかった、それなら書斎に行くぞ」
「わかった」
(……忠実なんだな)
ダテウスと呼ばれた男性の印象を考えていると、アシュフォードがすっと私の手を取る。
「行こうラルダ」
「あ、あぁ」
「……幻か?」
ダテウスから漏れた言葉の意味はわからなかったが、物凄く驚いている顔だけはわかった。
アシュフォードの案内によって屋敷に踏み入れると、そのまま彼は迷うことなく書斎へと進んだ。そのまま勢いよく扉を開けた。
「部屋に入るときはノックを――」
「自分の部屋に入るのにノックがいるのか?」
「アシュフォード! 戻られましたか」
「あぁ」
今度は真面目そうな男が姿を現した。アシュフォードとの会話の様子と書類に向かう姿から推測する限り、事務官的立場のようだ。
「お隣の方が……もしや」
「そうだ。彼女がラルダ」
「ラルダと言います。暗殺者ロザクとして依頼をこなしていました。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるものの、自己紹介はこんなものでよかっただろうかという不安が生まれる。
「ロザクと言う名はあくまでも暗殺者の時の名前で、本名はラルダだ。ロザクと呼ぶなよ」
「わかりました。ラルダさん、私はクリフ・メイナードと申します。ヴォルティス侯爵家で経理等の事務を担当しています。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
クリフさんとぺこりと頭を下げ合う。すると、次は違う男性が近付いてきた。
「ロザクさん……! いえ、ラルダさんでしたね。お久しぶりです。覚えていらっしゃるかわかりませんが、私はレジス・コルクです」
「コルク子爵……!」
「はい。その節は大変お世話になりました。命を救いいただき、誠にありがとうございます」
その瞬間、救っていないと言おうと思ったが、アシュフォードの言葉を思い出して微笑むだけに留めた。
「ラルダ。後ろにいるのがダテウスだ。名前をだけ憶えていればいい」
「おい、アシュフォード! 俺の扱いが雑過ぎるぞ!」
「よろしくお願いします、ダテウスさん」
「ダ、ダテウスさん……‼」
「ラルダ、こいつに“さん”はいらない」
「そ、そう、なのか?」
軽い雰囲気でそう言い放つアシュフォードに、困惑してしまう。ダテウスを見れば、どこか悲しそうな顔をしていた。
(なんというか……不憫な男なんだな)
忠実な男性という第一印象が崩れて行くのがわかった。
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