第39話 歓迎されたお客様
「ささ、お座りください。ラルダさん」
「あ、その、お気遣いなく」
クリフさんはソファーの方を示しながら歓迎してくれるが、ただの平民が貴族にもてなされるのが申し訳なくなってしまった。
(アシュフォードも貴族だよな……今更すぎるが、私は場違いすぎないか)
ヴォルティス侯爵、メイナード伯爵、コルク子爵。ダテウスはヴォルティス侯爵に代々仕える騎士家。それに比べて、私は何の肩書きももたない平民だ。
(強いて言うなら元暗殺者だが……やっぱり場違いだな)
思わずぎゅっと唇に力を入れるが、クリフさんが穏やかな笑みを浮かべた。
「遠慮なさらないでください。ラルダさんのおかげで、王家派は窮地を脱することができます。恩人様をもてなすのは当然のことですので」
「あ……」
含みのない笑みは、心から感謝を伝えているとわかった。好意的な態度に困惑してアシュフォードを見れば、彼もまた微笑んで私の手を取った。
「そういうことだ、ラルダ。座るとしよう」
「……あぁ」
(もてなす理由があるのなら、場違いと思うのは止めよう)
自分の中で整理がつけた瞬間、再び疑問に襲われた。
「……近くないか、アシュフォード」
「すまないな。反対側にはクリフとレジスが座るものだから」
「それなら……仕方ないか」
反論する材料が無くなってしまったため、大人しく姿勢を正した。
「アシュフォード。もしや求婚は」
「絶賛保留中だ。良い答えをもらえるよう頑張っている所さ」
「なるほど」
クリフさんは私達の現状を知ると、コルク子爵と共にソファーへ腰を下ろした。
「だが、それでもラルダは王家派に力を貸してくれる」
「百人力ですね……!」
コルク子爵の嬉しそうな声に頷くクリフさんとダテウス。やけに信頼されていて不安になるが、その理由はすぐにわかった。
「何せアシュフォードと対等にやりあった実力の持ち主だからな……王家派にとんでもない戦力が追加されて嬉しい限りだ……!」
目を輝かせるダテウスに苦笑するが、クリフさんも同じような反応だった。
「えぇ。とてつもない切り札ですからね」
切り札になれるかはわからないが、期待を抱かれている以上応えたいとは思った。
「力強い助っ人を手にしたという報告をしたところで、俺が不在の間に起きたことを聞かせてもらえるか」
不在、といっても一ヶ月にも満たない時間だ。それにもかかわらず、情勢は動き始めているようだった。
クリフさんによる説明が始まった。
「オブタリア公爵がまた、暗殺者を集め始めたとローレンが情報を入手してきました」
ローレンというのは、ヴォルティス侯爵家において情報収集に長ける人物だという。
「懲りない男だな。まだ俺の首を狙うつもりか」
「その可能性が高いかと」
「無駄なことを」
英雄相手に敵う暗殺者はいない。それをサルバドール自身が一番わかっているはずなのに、懲りずに集めているのには少し引っ掛かった。
(別の手を考えるものじゃないのか……?)
これでも暗殺者の中では最も実力があったと自負している。そんな私が失敗した以上、サルバドールが同じ手を使うようにはあまり思えなかった。
その旨を伝えようとした瞬間、部屋にノック音が響いた。入室したのは一人の騎士だった。彼はそのままアシュフォードに報告を始める。
「ご報告申し上げます。侯爵家の門付近に、怪しげな人物が現れました」
「特徴は」
「ダテウス隊長ほどの大男です。それと、不思議なことを言っていて」
「不思議なこと?」
「何でも芸術家、だとか」
「「!!」」
その一言で、私とアシュフォードは顔を見合わせた。
「すぐに連れてきてくれ。俺の客人だ」
「はっ!」
騎士は深く一礼すると、急ぎ足で書斎を去っていった。
「アシュフォードのお客様ですか」
「あぁ。厳密に言えばラルダの仲間だ。死体偽装をした」
「「「!!」」」
的確な表現に頷くと、三人は目を見開かせた。話を聞くと、偽装死体に興味があるということだった。
騎士に連れられて、ルゼフが書斎へとやって来た。
「お連れしました」
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げると、そのままお互いの紹介時間に移行した。すると、思いがけない縁が見つかった。
「あ、貴方があの芸術家ルゼフ様ですか……!!」
「えっ、知ってるんですか?」
「じ、実は、お恥ずかしながら作品をいくつか収集しておりまして……!」
どうやらクリフさんはルゼフのファンだったようだ。
「まさか生きてらっしゃったとは……! あのルゼフ様なら、死体を作れるのも納得です!!」
「ありがとうございます」
「どうぞお座りください」
「えっ、いえ。俺はこのままで」
「お客様を立たせるわけにはいきませんから!」
「……あ、ありがとうございます」
クリフさんの圧に負けたルゼフは、大人しくソファーに座るのだった。
私は心配しながらルゼフを視線で追う。
「大丈夫だったか、ルゼフ」
「えぇ。といっても、紅茶を買って帰って行きました。ただのお客様だった可能性もありますが、ラルダさんがいないのに気付いて撤退した可能性もあります」
「可能性はあるな……何はともあれ、無事で良かった」
安堵の息を吐くと、ルゼフも王家派の手助けをする旨を伝えた。
「光栄ですっ……」
何かを噛み締めた様子のクリフさんだったが、快く受け入れられている雰囲気で安心した。ルゼフ本人は困惑していたが。
話題は再び貴族派の話に戻ろうとした時、慌てた様子の足音が書斎に近付いてきた。焦りがノック音にも現れている。
現れたのは、一人の疲弊した騎士だった。
「ローレン、何かあったのか」
息を整える暇もないまま、ローレンさんはアシュフォードに答えた。
「ご報告申し上げます、サルバドールが動き出しました」
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