第33話 消えていく警戒心





 突然の抱擁に反射的に突き飛ばしてしまいそうになったが、抱きしめられた力はそれができないほどの強さだった。


「ア、アシュフォードっ……!!」

「怪我はないな? 本当にどこも」

「怪我をするようなことはしてない。仮にしたとしても、私の強さはお前が良く分かっているだろう」

「……ははっ、それもそうだな」


 ここまで力強く抱擁されるとは思ってもみなかったため、動揺と困惑で顔が赤くなってしまう。そんな表情をアシュフォードにだけは見られたくなかったが、これ以上抱きしめられ続けられるよりはマシだった。


「は、離れてくれ。無事だから」

「あ……すまない。苦しかったか?」

「いや……」


 問題はそこじゃない。思わず突っ込みたくなったが、ぐっと呑み込んで頬の温度を下げることに集中した。


「取り敢えずサンゴに入ろう」

「あぁ、わかった」


 離れたかと思えば、今度は流れるように手を取られた。引っ張る力は抱擁に比べて優しく、抵抗する気は生まれなかった。


 裏口からサンゴに入れば、そのままオデッサの部屋へと向かった。


「ロジー!」

「ただいまオデッサ」

「ただいまじゃないわよ! 何も言わずにいなくなって!」

「あぁ……すまない」


 聞けば倒れた後にいなくなったために、酷く心配したとのことだった。


「何も言わずに出て行ったのは悪手だった」

「何か理由があったんでしょう?」

「……これが、起きた時になくて」

「‼」

「それは……?」

「ペンダントだ。……形見、みたいなものだ」

「形見……確かにそれは不安にもなるな」

「あぁ」


 オデッサはペンダントが何か知っている為、私が外出したことにこれ以上怒ることはなかった。


「アシュフォードがここまで運んでくれたのか?」

「あぁ。ラルダ、首は痛まないか?」

「首? ……特に問題ないが」


 アシュフォードに言われてそっと首筋に触れる。少しだけ違和感を覚えるが、大きな痛みはない。


「俺がラルダを気絶させたんだ」

「気絶……何かあったのか?」


 不思議そうに尋ねれば、アシュフォードとオデッサは顔を見合わせながら困惑の表情を浮かべていた。


「ロジー……いいわ。後は英雄さんから聞いて」

「英雄って……」

「名乗ったんだ。ラルダの友人なら、警戒する必要はあまりないと思ってな」

「そうか」


 私が気を失っている間に、二人は挨拶を済ませたという。オデッサは「あとはごゆっくり」と意味深な言葉を残すと部屋を退室した。


 アシュフォードと座ると、早速気絶した経緯を聞くことにした。


「銃声が鳴り響いたのは覚えているか?」

「……あぁ」


 嫌な音だ。思い出すのもはばかれる。


「その銃声を聞いて、ラルダは……殺気を放ち始めた。異常なほどに濃い殺気を」

「‼」

「殺気をまとったラルダは、我を失っているようだった。少なくとも、俺の声は届いていなかった」

「…………」


 我を失うほどの強い殺気。そう言われて、断片的ではあるがあの時の感情がこみ上げてきた。


 “何としても殺さなくては”


 その一心で、短剣に手を伸ばしていたと思う。


「……面倒をかけたみたいだ。すまない」

「いや……俺こそすまない。ラルダの復讐の機会を同意なしに奪ってしまって」

「…………」


 復讐。その言葉がアシュフォードから出たということは、彼は何かしら私のことを知っているということだった。


「……どこまでオデッサに聞いたんだ?」

「え?」

「私が倒れたのを知ったなら……少なからずオデッサに話を聞かされただろう」

「あぁ……」


 私をここまで運んで、オデッサがそれを受け入れたとなれば、倒れた原因を知るオデッサが助けたアシュフォードに事情を説明するのが筋だ。


「聞かなかった」

「……聞かなかった?」

「あぁ。ラルダのことは、ラルダの口から聞きたくてな」

「何を言って……」

「前に尋ねただろう。その時、暗い顔をさせてしまったのを覚えているからな。俺は好きな女が嫌がることはしたくない」


 真剣な眼差しは射抜かれるかと思うほど、じっと私の瞳を見ていた。


「今回のことも詮索するつもりはない。だから警戒しないでくれ」

「……」


 嘘偽りのない真っすぐな眼差しと向けられた温かな言葉は、私の心は大きく揺れ動かした。アシュフォードから渡された多くの優しさに警戒心は薄まり、気が付けばペンダントを前に出していた。


「……これは私が生まれてからずっと持ち歩いているんだ」

「形見、だったか」

「実際に形見かはわからない。私は孤児だから」

「……」

「孤児として施設に置いて行かれた時に……このペンダントが一緒にあったんだ。それと名前の書かれた紙も挟まっていた。その紙に、ラルダと書かれていたんだ」


 少しずつ自分の過去を話し始めた。温められた私の心は、アシュフォードになら話したいという気持ちへと変化していた。


「ラルダ……名前はしっかりつけてくれたんだな」

「みたいだな……私は別に親を恨んではない。育てることができない事情だってあるだろうから」

「……」


 何せ人生四回目だ。両親がいなくて寂しいと思う時期はとうに過ぎている。


「それに、施設は凄く居心地の良い場所だった」

「そうなのか」

「あぁ。施設を仕切る施設長は修道女で、皆シスターと呼んでいた。そのシスターが、本当に親代わりのような人だったんだ。彼女は子ども達のために献身的に里親を探してくれた」

「どんな人なんだ?」

「……誰よりも、尊敬できる人だった」


 忘れもしない。私達の母親代わりであった、シスターイレーヌ。



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