第32話 危険な気配



 深くて冷たい、黒い世界に、私はずっと一人取り残されている。復讐を果たすまで、きっとそこから出ることはできないだろう――。


「‼」


 ばっと勢いよく起き上がる。何か酷い悪夢を見ていた、そんな気がする。だけど何故か内容は覚えていなかった。


(私は…………どうなったんだ?)


 サルバドールが銃を撃ったことだけは鮮明に覚えている。しかし、そこから後の記憶が私にはなかった。今わかるのは、恐らくサンゴの一室で寝かされていたということ。


 ベッドから下りてカーテンを空ければ、外は日が昇り始めていた。どうやら私はぐっすりと眠っていたらしい。


(銃声……)


 思い出すだけで嫌な記憶を呼び起こす。ぐちゃぐちゃになりそうだった心を鎮めるため、ペンダントに触れる。


「え……?」


 そこにペンダントはなかった。確かにしていたはずなのに。


(まさか……どこかで落としたのか?)


 一気に嫌な汗が流れる。落としたとしても場所に見当がつかなかった。焦り出すものの、どうにか落ち着こうと記憶をたどる。やはり私の最後の記憶は、サルバドールが姉妹を殺した、あの路地だった。


(もしかしたら、あそこに)


 あのペンダントだけは、見つけなくてはいけない。そう思うと、急いで外されたかつらをつけ直してから、サンゴを出て路地へと向かった。



(私がアシュフォードと息を潜めていたのはもう少し先だ……)


 念のためを考えて息を潜めて、昨日と同じように奥へと進む。見覚えのある場所が見えてきた。ペンダントはないかと目を光らせるが、残念なことにそれらしきものは落ちていない。


(……この先で、姉妹が撃たれたはずだ)


 自分の記憶をたどりながらさらに奥へ進めば、そこには何の痕跡もなかった。ただ薄暗い空間が静まり返っているだけだった。


(姉妹の遺体はもちろん、流れたはずの血さえないのか……)


 さすがサルバドール。証拠になるであろうものは全て片付けたようだった。

 姉妹がいたであろう場所にしゃがみこみ、手を合わせる。彼女達を擁護できる立場ではないが、救えたかもしれない命に申し訳なさを感じてしまった。


 少しして顔を上げると、ペンダントがないか辺りを見渡し始める。ペンダントは、本物かはわからないが、銀らしきものでできたものだ。中には父親と思われる人物の絵が入っている。そこに紙が挟まっていたのだが、今はもうない。


 胸の近くの服を掴む。なくしてしまったペンダントにどこか悲しさを抱きながら、もう一度アシュフォードとかがんでいた場所へ方向転換した。


「こんにちはお嬢さん。お探しの物はこれかな?」

「‼」


 するとそこには、見知らぬ男が立っていた。逆光で顔が見えないが、アシュフォードでないことは確かだ。


(あれは……ペンダント)


 男はペンダントを見せると、少しずつ私の方に近付いてきた。


(……銀髪)


 男の銀髪はとても目立つものだった。ローブを雑に被っているが、ちらりと見える服装は高価な物で間違いない。


「このペンダント、ここで拾ったんが……君の物かな?」

「……さぁ。知らないな」

「おや、そうか?」


 何故だかはわからないが、直感的に警戒すべき相手だと思ってしまった。


「てっきりこのペンダントを探しに来たと思ったんだが……」

「……別件だ」


 隙を見せてはいけない相手だと判断すると、会話は最低限控えることにした。


「そう警戒しないでくれ。単純に気になっただけだ」

「……港町は初めてか」

「そうだね。初めてだ」


 じっと一通り観察すると、私は用事が済んだので男の横を通ってサンゴに戻ることにした。


「……それなら一つ忠告しよう」

「忠告、かい?」

「港町は物騒だ。貴族だとわかる格好で一人で出歩くのは控えた方が良い」


 男の横についた瞬間、短剣を首筋に近付ける。


「こういう風に、命を狙われるからな」

「……ありがとう。肝に免じるよ」


 この会話を最後に、私は路地を後にするのだった。




 足早に路地から距離を取ると、戻ってきたペンダントを手にする。


(裏社会で生きた経験がここで役に立つとはな)


 あそこは法律がほとんど通じないような、混沌とした世界だった。スリなんて日常茶飯事で起こっている。以前どこかの馬鹿が、誇らしげにスリの手法を語っていた。曰く、相手から盗むタイミングで別の場所に気を向けるのだと。


(あの時は、だからスリはぶつかって来るのかと納得したが、まさか自分がやる側になるとは思わなかった)


 ペンダントは、正攻法で取り返してはいけない気がした。何となくの直感だが、何かに巻き込まれる気がしたのだ。


(このペンダント……何か意味があるのか?)


 とてもそうとは思えなかったが、対峙した男の視線は無関心の者に向けるものではなかった。


 考え込みながらサンゴに向かえば、裏口のある通りを曲がろうとした瞬間、勢いよく名前を呼ばれた。


「ラルダ!!」

「……アシュフォード」


 どこか焦りのある表情は困惑するほどで、力強く両肩を掴まれてしまった。


「どうしたんだ」

「オブタリア公爵……サルバドールの元に行ったのか」

「サルバドール……いや、違うが」


 首を横に振れば、アシュフォードは安堵の息を吐いた。そして、突然抱きしめてきた。


「……良かった、ラルダが無事で」

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