第31話 本来の目的(サルバドール視点)




 使えない人間は嫌いだ。失敗する人間も。価値さえないだろう。本当であればブッチー子爵も撃ち抜きたい所だったが、貴族派の貴族である以上生かしておかなくてはならない。ブッチー子爵に死体を処理させると、そのまま先に港町を出るように伝えた。


(余計なことをしてくれた……)


 ブッチー子爵の失態に苛立ちが生まれるばかりだったが、ひとまずは落ち着いて当初の目的である会談を果たすことにした。


 今日港町に来たのは、ブッチー子爵に付き合うためではない。最初から別の用事があった所に、黒髪の女に関する目撃情報を得たため付き合ったまでのことだった。ロザクが生きている可能性は無いに等しいが、わずかの可能性を考慮して宿屋に足を運んだ。


(結果、黒髪の女は存在すらしてなかった。ブッチー……私の気を引くにも、別の手段を取るべきだったな)


 ロザクの死はほぼ間違いない。アシュフォードに敗れる程度の実力であったことが誤算だったが、所詮暗殺者程度では英雄に勝てないということだ。別の方法を探すしかない。


 港町の薄暗い路地奥にある、唯一貴族派が営む店に足を踏み入れる。そこでは、既に会談相手が待っていた。


「遅れてしまい申し訳ございません」

「時間通りだよ。よく来てくれた、オブタリア公爵」


 穏やかな笑みを浮かべながら迎えられる。その微笑みはとても自然で、歓迎されているのかと思ってしまうほどだ。


「わざわざ港町に来てもらってすまないな」

「とんでもございません。ノワール様のお誘いであれば、断る理由などございません」

「それは嬉しいことを言ってくれる」


 和やかな空気をまとう目の前の男は、座るよう促した。美丈夫な顔立ちは若く見えるが、実際は見た目より年を取っているはずだ。



「早速本題に入っても?」

「あぁ、問題ない」

「帝国の大公殿下ともあろう御方が、何故黒髪の女性――ロザクをお探しで?」


 大公、オレリアン・ノワール。彼は帝国の大公であり、王弟でもあった。帝国の皇族である銀髪の証が、綺麗になびいている。

 そう尋ねた瞬間、目の前の男は先程までの柔らかい雰囲気を一転させて妖しく笑った。


「決まっているだろう? 暗殺依頼をするためだ」

「……なるほど」


 断言する様子からは、本心と捉えて間違いない。


「ロザクの噂は海の向こう側まで届いていてな。何でも、一度も依頼を失敗させたことがないと」

「その通りです」


 帝国ソルセゾン。

 大きな国土と豊かな資源を持つ国。人口が多い故に軍事力も最高峰を誇っており、文化が栄えていると聞く。帝国は海を挟んだ先にあり、距離も遠いためあまり積極的な交流はなかった。


(ロザクは死んだ。しかし、その事実をまだ知らないようだな)


 ロザクの死を話題にして騒ぐのは貴族だけだ。後は英雄の勝利を喜んでいるだけ。この港町も例外ではない。町人が多いため、必然的にロザクの話題ではなくアシュフォード・ヴォルティスの話題として昇華されていくのだ。


「大公殿下ともあろう御方が、どの方の死をお望みなのでしょうか」

「もちろん兄上さ」

「兄上……皇帝陛下、ですか」


 ノワール様が口にした野望は、想像以上に大きなものだった。


「あぁ。私は兄に皇位を譲ったとされているが事実は異なる。実際は奪われたのだ」

「なんと……」

「奪われた物を奪い返すには、まず退位いただかねばと思ってね」

「それで、ロザクを」

「あぁ。確実に殺せる上に、兄上が知らない相手が好ましいと思っていてね」


 にいっと笑う笑みには、先程までの穏やかさは一切残っていなかった。


「……それで、私にご依頼を」

「あぁ。オブタリア公爵にとっても悪い話ではないはずだ」


 ノワール様はそう言いながら、私のグラスに飲み物を注いだ。


「私が皇帝になれば、必ず公爵を支持しよう。そうすれば、王国での公爵の立場はさらに確固たるものになる」

「仰る通りです」


 正直に言って、これほどまでに有益な交渉はない。ただ問題なのは、肝心のロザクが存在していないということだ。ノワール様の答えに躊躇っていれば、見透かされたように射抜かれた。


「……だが、ロザクに関しては死亡したという話を耳にした。何でも英雄に殺されたと」

(知っていたのか……)


 答えを急がなくてよかったと安堵すると同時に、ノワール様の意図が気になった。


「これは本当か? オブタリア公爵」

「……はい。事実とみて間違いありません。死体こそ確認できていませんが、暗殺先であるヴォルティス侯爵が公表しましたので」

「そうか。それでは死亡は間違いなさそうだな」


 ロザクの死の事実に落胆されるかと思えば、そんな様子は見えなかった。


「帝国には暗殺技術を身に付けた者はいなくなってしまった。豊かすぎる故か、貧民街も治安の悪い場所も、皇帝によって作り替えられてしまったのだ。それでも私は、強い暗殺者が欲しい。オブタリア公爵であれば、伝手があるのだろう?」


 なるほど、そういうことか。最初から狙いは暗殺者の手配だったようだ。


(正直な話、ロザクよりも強い暗殺者は聞いたことがない。……だが、いないのであれぱ作り上げれば良い話だ)


 問題はあるものの、この交渉を乗らない理由はなかった。


「それならばお任せください。ロザクに負けず劣らない、実力ある暗殺者をご用意いたします」

「期待しているよ、オブタリア公爵」


 こうして交渉が成立すると。私は早速暗殺者の手配を進めるのだった。

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